軽やかに失速

□スキューギア
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 一言で表すと、その街は賑わっていた。
 ただし、行き交う者の殆どは旅行客。肌の色も髪の色も、話す言葉さえ違う人々が、土産物店を始め外食店や服飾店の立ち並ぶ大通りを覗きながら歩く。
 明るい表情でいる者が多い中、一人難しい顔をして立ち止まる青年がいた。
 その青年は小さなトランクを持ち、地図のような物を広げている。
 通りと地図を見比べ、当たりを付けたのか、必要な所だけが見れるように地図を畳み直す。その間にも旅行者の流れは止まらず、青年は人の波に押される格好で、立ち並ぶ店のガラス戸の前へ追いやられた。客でないと知りつつ笑顔を向ける店員に苦笑いを返し、青年はほぼガラスで出来た店の僅かな石壁部分へ移動する。
 落ち着ける場所を確保すると、青年は手に持つ地図を指でなぞり、一つ息を吐き呟いた。
「……通り過ぎた、か?」
 歳若く見える面立ちに反して、溢された声は落ち着きのある低音だった。青年がもう一度通りを見ると、偶然二人組の女と目が合った。
 青年を見ていたらしい女達は笑顔を向け、軽く手を振って人波に消える。
 軽装ばかりの旅行者と違い身形を調えた青年は目立っていた。何より長身と、陽光を反射する濃い赤銅色の髪を持つ青年の容姿は、それだけで人目を引く。ちらほらと視線を投げられて、それが悪意の無いものだと分かっていても居心地が悪い。青年は身の置き場とした石壁を早々に離れ、一番近い横道に滑り込んだ。
 横道と言っても道幅も人通りも、景観すらさして変わらない。青年は手にした地図を一瞥して、元来た道を振り返る。
 レンガを敷き詰めた道路の両側に、同じ形の建物が並ぶ。それらは明るい砂色に統一され、等間隔に立つ街灯と標識だけが暗い緑色をしている。
 迷子になりかけている青年は、表情だけは冷静に、少し離れた所に立つ案内標識を見つめた。それは人波の中、遠くからでも確認出来るよう、柱の上部に標識となる横板を取り付けた簡素な物だったが、それぞれが示す方向を向いている。
 青年は緑色の板に書かれた白字の一つを読み取り、その板の指す先へ向かって歩き出した。



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《軽やかに失速》
第一章 スキューギア
(1) 侵入





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