軽やかに失速

□スキューギア
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 警備員は間断無く話し続ける。その内容は限りなくプライベートに近いもので、グレープは少し困っていた。深く聞かれないよう、曖昧な返しばかりする。
 アンカロックは、以前は寂れた農村だった。古い住人は、良く言えば牧歌的な性格であろうと、グレープは想像した。
 グレープは先ほど警備員が見せた身分証を思い出す。顔写真と名前と、社員番号らしい複数桁の数字が印字されていた。
(名前は確か──)
「──アールは、なんか現地の人っぽいな。発音とか。元からここに住んでるとか?」
 アールと呼ばれた警備員は一瞬呆けた顔をした。それから疑問符を並べる。
「え? ……えっと」
 答えに窮したのか、名前を当てられた事に驚いているのか。後者だろうと思い、グレープは警備員の制服の胸に付いた、小さなプレート状の身分証を指差す。
「それ、名前だろ?」
 言われ、やっと理解したらしいアールは、大袈裟に溜め息をついた。
「なんだあ〜びっくりしたあ〜! 監視の人かと思ったあ〜!」
「監視?」
 今度はグレープが呆ける番だった。
「定期的に来るんだよ、監視員が。スゲー厳しいの! ……で、監視員じゃ、ないんだよね?」
 恐る恐る窺うアールの動揺振りに、グレープはつい吹き出してしまった。
「違う。けど、似た様なもんだな。会社は確実に違うから、安心しろよ」
「よかった……本気でビビった。グレープ、もしかして結構偉い人? 歳、俺と同じくらいに見えるけど」
「偉くはないけど、恵まれた環境にいるからな」
 やっぱり金持ちなんだ、と話しが一巡したところで、目的地に辿り着いた。
 『区間通行所』と書かれた小さな看板を掲げる、木製の簡素な門が、路の真ん中に立っている。門の両脇には板を打ち並べて作った背の高い、だが脆弱そうな塀が完全に路を塞いでいた。上には小鳥が数羽留まっている。
 グレープが礼を言おうとすると、アールは悪戯を思いついた子供を思わせる顔で笑ってみせた。
「あのさ、ちょっと監視員のフリしてくれよ」
「無理」
「早い! ちょっとだよ、ちょっとだけ。」
 短時間だが、何となくアールの性格が理解出来たグレープは、即座に断る。それでもアールは予想以上にしつこく食い下がった。
「今日は主任しか詰めてないからさ、ちょっとだけ! グレープなら絶対騙せるって。黙ってれば威圧感あるし」
「威圧感て……」
「監視員の人ってほとんど喋んないんだよ、だから黙ってれば大丈夫!」
「あのな」
「煙草の煙に嫌そうな顔しといて。あの人ホント吸いすぎなんだよな」
「……」
 了承を得た体裁で話し続けるアールに、グレープは折れた。毎日監視された方が良いのでは、と思うグレープの事など気にもせず、上機嫌のアールは足に群がる雀に「まだ餌の時間じゃねぇぞ」と手を振る。どこまでも暢気なと呆れながら、グレープは丸々と太った雀の動きを目で追う。視線の先で、雀はヒラヒラとした布を啄んだ。
 グレープが視線を上げると、布の正体はスカートだった。胸元以外を布で隠した女が、二人を見ていた。
 グレープはつい、女の露わになった胸元に目を向けてしまったが、女が近づいて来たので素早く目線を反らす。アールも女に気付き笑顔を向けた。「迷ってしまいましたか?」とどこか必要以上に明るい声を掛けていた。
「警備員さん」
 腰まで伸びた薄い桃色の真っ直ぐな髪。白い顔は小さく、鼻筋の通った上品な造りをしている。声は澄んでいて、耳に心地好い。年上に見えるのが惜しい、とグレープが思っていると、女は少し声のトーンを落として続けた。
「職務中だろう?」
 女は、固まるアールに薄く笑う。
「感心しないな」




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《軽やかに失速》
第一章 スキューギア
(1) 侵入





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