落竜は嘆き戦士は哮る

□鉄の魔法
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 北からの風が強くなると、少しの雨が数日間毎にパラパラと降る。時々霙が混じり、深夜には雪に変わるが、日の出に近づくとまた雨になる。
 ごく短い冬がそうして終わる。
 冬が終わり、春を告げるのは雷鳴であった。
 白に灰色の混ざる厚い雲が空を埋め、低い轟音を遠くから降らす。
 地上では、春雲の中には獣の姿をした雷の化身がいるとされている。雲の中でゴロゴロと唸る音が静かであれば猫の姿、地を揺らす程の音であれば獅子の姿になるという。ブラウ=クラウと呼ばれるその架空の獣が猫の姿であれば、その年の気候は穏やかになるとされ、人々は雲で空が覆われると地上の安寧を雷鳴に祈った。

 厚く空一面に広がる薄暗い雲が、遠く沈む夕日に美しく染め上げられていく。
 僅かな雲間から地平を垂直に薙ぐ光が、その色を薄めて辺りを黄昏色に見せる。
 刺すような光線を見据え、その半身に金色を映す少年は、一人身震いをして、両の腕で己を抱く。
 その足下には、剥き出しの地面と枯草の間から、少しの若草が生えている。目に暖かな世界は、少年の肌に寒さを伝えていた。
 時折頬を撫でていく風も、ひんやりと冷たい。
「クルト」
 背後からの声に、少年は振り返る。そこには婦人が一人、立っていた。少年の母親である。
 金色に照らされた母親は、優しく微笑んだ。光を背後に、その顔に影を落とす少年は、歩み寄る母親を無言で迎える。
「風邪をひくわ」
 母親は、少年の冷えた頬に手を当てる。その暖かさに甘えて目を閉じたように見えた少年は、意外にも拒絶の色の強い声を発した。
「鉄製のブラウ=クラウが守ってくれるのでしょう?」
 少年は冷えきった手で、母親の暖かな手を押しやった。母親は困った様子で、しかし子供を優しくたしなめる口調で呼ぶ。
「クルト」
 両親は、少年を略称で呼ぶ。
 少年の住む土地では、古く、子供を略称で呼ぶ風習があった。
 名前には、その人を支配する力があるのだと信じられていた時代。長く生きる事の難しかった子供を護る為、本名を呼ばず略称で呼んだ。その子供に降りかかる不幸を試練を、子供の代わりに受け入れる事ができると、人々は信じて祈るように我が子を呼ぶ。
「秘密の場所だったのに、母上はすぐに見つけてしまう」
 自尊心を傷つけられたと憤る子供のように、母親を振り切って駆ける少年。
「すごく探したのよ」
 母親の声が追い縋るが、少年は振り向かずに走った。
「クルト!」




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《落竜は嘆き戦士は哮る》
第一章 鉄の魔法
(1) 「クルト」





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