落竜は嘆き戦士は哮る

□鉄の魔法
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 「悪魔は鉄を嫌う」とされている。古くは銀が退魔の役割を担っていたが、今は安価な鉄がその代わりになっていた。
 石や木で造られた境界線は鉄製のものに変わり、宝石や毛皮に混じって鉄の置物が高価な調度品として外界から流れてくる。
 コンラートの目の前には、神獣を模した鉄の塊。
「引き裂く爪の、その軌跡が、我々の知る全てです。神々は遥か天上に在らせられ、その御姿を知る術などないのです」
 鉄の塊を挟んで対面する、コンラートより少し年嵩の少年は朗々と、歌うように口談する。
 翡翠の髪と瞳が映える白い顔は、男女の別を問わない美しさで、時折伏し目がちに、形良い唇が淀みなく動けば、素直に聞き入ってしまう。
「護教学なんて流行ってるの?」
「ただの宣伝文句ですよ」
 少年はカジミールという。異国の生まれで親は無く、行商人に拾われ、自身も商人になったとは本人の言だ。
「騙そうってこと」
「これがブラウ=クラウだと、買い手を納得させる必要がありますから。姿の無いものに形を与えるのは難しいのですよ」
 感心するほどに、商人という生き物は言葉を操るに長けていると、コンラートはため息をつく。
「これはいくら?」
 鎮座する鉛色の神狼を指でつつくと、中身は空洞なのか、ずり、と動いた。
「こちらは、そうですね、お土産です」
「本命は領主だからね」
 領主不在の今、代理を務めるのはコンラートの母親だった。カジミールにとって、これは商談の下準備なのだろう。突然訪れて「母君と喧嘩でも?」などと図星を突かれなければ、相手のペースに乗せられることもなかったと、数分前の行動が悔やまれる。
「もっと愉快な話しがしたいな。僕は君を実の兄のように慕っているんだよ、カジミール」
 立場は自分の方が上なのだからと、コンラートは強引に筋道を変えることにした。カジミールは機微に聰く話術に長けている。あからさまに拒むことはないと考えたのだ。
「では、『鉄(くろがね)の魔女』をご存知ですか」
「“鉄”? ……怪しげなヤツだな」
「そう思うでしょう? 自然の法則を曲げてみせるのが彼らの存在意義のようなものなのに」
「土塊から鉄を作るとか?」
「さて、どうでしょう。噂では堅牢な鎧で全身を覆い、鞭のようにしなる大剣を持ち、馬の形をした鉄の乗り物を駆るとか」
「完全に嘘」
 あまりに現実離れした人物像に、コンラートは呆れてしまう。カジミールはコンラートの言葉に虚を突かれた表情を見せた。
「それも鉄を売るための方便なんだろう? 誰が『夜の眷属』を実際に見られる? 確認しようのない妄言を弄するなんて、悪い“兄上”だ」
 コンラートにとって書物の中にしか存在しない『夜の眷属』とは、太陽神を最高位に据えていた古い時代に作られた言葉で、文字通り生死の逆転した世界を生きる異形者。
 砂から草の芽を、風から火をおこし、姿すらも自在に変えるといわれ、権威の中の一握りの人間しか実態を知らない。彼らの逸話も、筆者が直接目にしたものではない場合の方が多い。
「妄言でも、信じる人間はいるんです。そこが肝心なんですよ」
 カジミールは冷たい鉄の神狼を撫でながら、諭すように言う。
「話が一巡した気がする」




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《落竜は嘆き戦士は哮る》
第一章 鉄の魔法
(2) 闇夜の誘い





 PLOT:[名]@(小説や芝居の)筋,仕組みA陰謀,悪だくみ[他]@たくらむ,くわだてるA設計する




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