無彩色のヴェーロ

□靴は磨いておきましょう
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 「旦那様」
 運転席から現れた人物の言葉に、セシリアは面食らう。
「戻られますカ」
「軽く食事してくる。車は……どうするかな」
「陽が暮れるまでハ、近くのバスターミナルで待機しマス。コートはお預かりしましょうカ?」
「ああ」
 一目で東方の人間だと分かるのっぺりとした顔の男は、やたらと文末を切り上げるような独特の話し方をする。一度エルマンノのためにドアを開けようとしたが、無駄のない動きでトランクへ回る。言葉遣いもその行動も、従者そのものに見えた。
(“旦那様”……)
 エルマンノを見ると、コートを脱ぐ手を止めてセシリアに意味ありげな視線をよこしていた。目が合うと、“しな”をつくって恥じ入る演技をする。
 自信を持って「立派な人物だ」とは言い難い。
(……どういう立場の人なんだろう?)
 車は特に高級車というわけでもなく、どこにでもある明るいブルーの小型車。車に詳しくはないセシリアから見ても、綺麗に磨かれた車体は古めかしいデザインに映る。
 もしかしたら車の所有者は男の方かもしれないと、跳ね上げられたトランクを見ると、陰から何か羽織ものを持って男が出て来た。
 たまたま視界に入ったのか、セシリアに気付いた男は向きを変え、姿勢を正してから腰を折り頭を下げた。
 神徒は、どこに在ろうと宗旨を問わず敬意を払われる。国柄か、東方は敬意の表し方が堅く、セシリアも少し畏まってしまう。
(顔、子供っぽいけど、大人のひとだよね)
 男は、長身のエルマンノと並ぶとまるで親子のようだった。オリーブの実の色をした髪をきっちりと横わけに、日焼けした肌は皺が見当たらない。
「上着要らねんじゃね。暑。」
「厚着していたからデス。これから冷えるんですヨ」
 コートを脱いだエルマンノはシャツ一枚。「はいはい」と適当な返事をして上着を受け取った。その袖口を見て、セシリアは気づく。
(赤色が、ない)
 生地の質も常態も違う、何か意味を持っているとしか思えない、あの赤い袖口。
 上着に袖を通しながら、エルマンノがセシリアのもとに戻って来る。男はコートを持ってトランクへ。
「行こうか」
「あ、うん」
 身軽になったエルマンノの笑顔に違和を感じて、尚更、記憶の中の赤が気になる。
 車を横目で見ると、男がコートを仕舞うところで、赤が、黒のコートの中から現れた。
 遠目でも分かるほど、上腕部分を覆う大きな『烏』のエンブレム。赤一色の生地。
 頭上から声がする。
「軍服は嫌いだったかな」




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《無彩色のヴェーロ》
第一章 靴は磨いておきましょう
(1) 霊園にて





 PLOT:[名]@(小説や芝居の)筋,仕組みA陰謀,悪だくみ[他]@企む,企てるA設計する




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