無彩色のヴェーロ

□靴は磨いておきましょう
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 男は小さく頭を振った。少女はその姿に既視感を覚える。それは何であったか、一年前のこの場所だったか。正体は掴めないが、少女は哀しいものを見た気分になる。墓の前に立ち尽くす男は、“過去”そのものに思えた。
 何かを言わなくては。唐突に少女はそう思った。けれど男の事など何も知らない。 
「彼女とかいないの?」
 少女の突然の質問に、男は目を丸くして振り返る。
「今、ちょうどフリーだけど。なに? 気になる?」
「う、ん……あんまり……」
「……なんで聞いたんだよ」
 少女から会話が始まるとは珍しい、と少し嬉しいような気持ちになっていた男は脱力する。少女は少女で、的外れな質問をしてしまったと気付き、何とか自然な形で会話を繋げようと言葉を探した。
「でも──……うんと、家族とかは?」
「急に何だ? 俺は別に寂しい人生送ってないぞ。何? 心配してくれてるとか?」
「え、違う」
「え。違うんだ……」
「あっ、違わない。」
 要領を得ない少女に、男はたまらず吹き出す。
「どっち。なに。何の話」
「な、なんだろう? なんか、えっと、……おにいさんはクレッシェンテの人?」
 『クレッシェンテ』は二人が居る港町の名前で、少女の住む町でもある。名前はおろか男がどこから来て、普段何をしているのかも知らないとは、つくづく妙な関係だと、少女は思った。聞いてはいけないような気持ちでいた自分に、疑問すら抱く。
「いや、アルテー。今はな。それと──」
 男は少女に向けて手を差し出して言葉を続けた。
「“お兄さん”は、エルマンノ・アマーティ。よろしく」
 差し出された右手を見て、左利きではなかったのか、と少女はぼんやり思う。献花を持つ手はいつも左手だった。
 そして、はたと気づく。
「ああっ、セシリア! です! セシリア・イエロ、です」
 慌てて男の手に飛びつく少女。
 名乗り握手を求める相手を前に、どうでもよい事を考えていた。
「ア、アルテーに住んでるの? 私、来月からアルテーの学校に通う、の!」
 思いがけず共通の話題を発見した。言葉遣いをどうしたものかと少し迷いながら、少女は努めて明るく言ってみる。
 男は少女の服装を改めて見直し、聞いた。
「もしかして、アルト神学校?」
「うん、そう。」
「なんか、真面目だな。アルトは課題地獄で有名だけどやっていけそう?」
「大丈夫、本好きだから」
 そうか、と笑う男は少女が今まで持っていたイメージとまるで違う。翳りのない表情はとても豊かで、大柄な体に似合う芯のある声で話す人だった。
(なんだか良い人そう)
 緊張が一気に解けると、少女は深く考えずに男の提案に頷いてしまった。
「じゃあ今日はさ、どこかでお茶でもしながら話そうか」
「うん。え?」
 聞き返せば、男は同じ調子で「お勧めのバールに連れてってやろう」と言う。
「でも……」
「奢るよ」
 さりげなく背に回った手に促され、少女は一人で帰るはずの道を男と二人で歩く事になる。




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《無彩色のヴェーロ》
第一章 靴は磨いておきましょう
(1) 霊園にて





 PLOT:[名]@(小説や芝居の)筋,仕組みA陰謀,悪だくみ[他]@企む,企てるA設計する




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