土×榎novel-SS

□北の箱庭で side;榎本
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身体を抱き包んでいる腕はとても優しげで、
あまり広くも無い寝台で互いの体がこれ以上無いくらい密着している。
初めは、湯タンポ代わりとか軽口まで叩かれたり。
気恥ずかしくて拒み払ったりしたけれども、本当にそれは初めだけ

珍しく熟睡している風な相手の顔をまじまじと近場で見詰め、自然と頬が緩む。
いつも眉間に皺を寄せつつ、軍神と崇め奉られ。幾千の兵の信仰を一心に受けている孤高の男が、
穏やかに静かな寝息をたて無防備な姿を自分に晒している。希少な一時なのだ。
そして、こんな平穏は長く続く訳も無いのだから
この瞬間をここぞとばかりに、楽しまない訳にはいかない。

眠ってしまうのはあまりにも惜しい気がして、
そっと相手の耳元に寄り、名前を囁いてみた

すると一瞬だけ柳眉を動かし、不機嫌そうな唸り声があがる。
本能なのか、煩いとばかりに抱き抱えてくる腕の強さが少し増した。
すっぽり埋められた腕の中で小さく笑って、
次は謝罪に、宥めるよう髪へ掌を伸ばし触る。
漆で染められたようどこまでも真っ黒い髪は、指の間をサラサラ流れてゆく。
その指通りも、包み込まれる体温も心地好く、
大人しく目を瞑った。
ただ、瞑ったところで直ぐに寝られる筈も無い。

気分が良くて。子守唄では無いけれど、安眠を妨害しないよう極々小さく鼻唄なんかを唄いながら、
髪を手櫛で撫でた後の流れで、頬に触れたが、
そこは生気が有るのか疑わしいほど冷ていて、目を丸くさせ驚いてしまった

なんだか、それがとてつも無く嫌に感じて。
冷えた空気から掌で庇うよう覆い隠して、また、顔をじっと見詰める

随分と整頓尽くされた顔は、普段の厳つい眼を伏せた場所に長い睫毛の陰を落としている。
つり上がってる事が多い柳眉も穏やかで眉間の皺も無い赴きは、幾つか年相応より若く見えるモノだ


かつて異国で聴いたうろ覚えの調べを思い思い辿り、
暫くすると自分まで穏やかな睡魔に誘われる。
うとうと波に漂うような意識に逆らわず、

相手の頬を撫でながらそのまま、眠ってしまった。


side;Hizikata




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