土×榎novel-SS

□北の箱庭で side;土方
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頬を撫でる掌の暖さに静かに目が醒めた。
そして、耳にも撫でるよう流れてくる何かの唄。

薄く眼を開き様子を伺うと、気分の良さそうな表情をして、唄を唄いながら頬に触れている相手の顔が見えた。
それが何の唄なのか知らないが、その穏やかな音は嫌な気はしなく。頬を包む触感も自然と心地がいい。
だから声を掛けず。黙って耳を傾け、掌の温もりを感じる。

そのうち相手も己が起きている事に気付くだろうと思ったが、
一向に気付かず、悪戯に鼻唄混じりに頬を撫で続けていて、
いい加減に気付け。と思って目を完全に醒まし開けた頃には、
唄はゆったりとした寝息に変わっていた


「ったく…」

小さく溜め息を吐き出し。
布団を肩まで引き上げてやり。力を失って頬に乗っかる手を外し。
2人の身体の間に潜らせ自身の掌でキツく握り込んだ

連日、幾多の困窮に全神経を磨り減らしながら。
幾千の命をその身一つで背負う立場に平時は気丈な態度を一切崩す事は無いが、
今は俄に疲れきって健やかに寝入っている。
それを邪魔する訳にもいかなくて、
回す腕でその身を更に己へ引寄せ顔を覗き見た。

いつも、誰に何に対しても屈託無く見せる面持ちや、節々に見る仕草は年相応よりあどけない印象が強い。
そのうえ無意識に無邪気で気が置けず。
だから見離せないでいる。と思ったところで、
我が人並み外れて滅法強く。余計な手出しをするなとばかりに、当人は意固地になろうとする節もある。
ただ、それが尚更に他人の庇護感を擽るのだろう。
こうして腕を回せばすっぽり納まる細身に、人一倍大きな荷を担ごうと必死にもがき喘いでいるところへ、
己が一人手出しせずとも、差し伸べられている手は、周囲に幾らでも溢れているのだ。

それを当人が理解しているかは知らないが、自分はとっくに気付いている。
気付いていながらも、
己が率先して傍に居るのは執拗に執着している何よりの証拠。

自身でも驚くほど、唯一の拠り所として必要としている己が居る。
己自身も紛れもなく、いま抱き込むこの身体に支えられているモノの一部だ。
なにかしら理由をつけては傍に赴き。身を預けられているようで、手を差し出し握ったところで、
所詮それは、まるで自分が縋り付いているよう思えてならない。


己の中に取り込んでしまえそうなほど、腕の中に深く閉じ込め。
指の長さも大きさも一回り細く違う掌を握り締めたとて、足りない程でも
いつか自分は、自分の意志で、自分から、離れる時が訪れるのだろう。
直感的に身に犇々と感じているモノがある。

そしていずれ、己が手離したこの掌を、また別の者が必要とし、握るのかもしれない

けして己では無い誰かが…

だからその分、今だけは


思いながら、安眠する相手の穏やかな呼吸に添い。
それを抱き締める己もまた、同じく眠る。





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