2周年記念小説

□過去も未来も
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ジャリ、ジャリ、と砂を踏みしめる音。

その男は笠を深く被り、刀を帯刀していた。

丑三つ時にそんな格好、しかも一人で歩いているなんておかしすぎる。

深夜の見回りをしていた俺は、この道はめったに人通りがないから一本違いの道を別々に見回ろう、と、つい先ほど原田と別れたばかりだ。

何かあってもすぐ反応出来るように、俺は刀に手をかけた。

その怪しい男とすれ違う。

何もないのか…?と怪訝に思い、眉を寄せた瞬間だった。



「よォ、幕府の犬」



その男はくくっと笑い、俺の方を振り返った。

深く被っていた笠を取ったその顔には、見覚えがある。



「っ!?高杉…!!」



憎たらしい笑みを浮かべるのは、攘夷浪士高杉晋助。

まさかこんな時に会うなんて。

原田を呼ぶか?いや、一人でイケるか?

瞬時に考え、刀を抜こうとしたとき。



「安心しろ、今日は刀を抜く気はねェよ」

「生憎だな、お前にその気がなくてもこっちにはあるんだよ!」



にやにや笑いながら両手を振る高杉に苛立って、ブンと刀を抜いた。

大方、俺を付けて来たんだろう。

なのに刀を抜く気はないと言う。

一体何が目的だ。

…嫌な予感が、頭を駆けめぐった。



「…くく、俺ァ気分が良いんだよ。今、お前の愛する銀時に会ってきたんだぜェ」

「銀、時…?」



…嫌な予感というのは良く当たるもの。

高杉の口から今一番聞きたくない名を聞き、俺は眉をひそめる。

そんな俺などお構いなしに、高杉は笑った。



「あぁ、あいつは昔から優しいなァ…此処に来たことは黙っといてやる、早く逃げろ…と俺を逃がしてくれた」



その場面を思い出し、恍惚としたような表情を浮かべる高杉に鳥肌が立った。

こいつを切る理由が、また一つ増える。



「…嘘をつくな」

「嘘ォ?思ってもねェこと口にしちゃいけねェな…本当は気付いてんだろ?銀時と俺が」

「っざけんな!」

「…気の短ェ奴だ」



銀時、と、気安く呼ぶな。

『銀時と俺が』なんだ。



嫌な予感は当たるもの



そんなことはない。

絶対に、そんなことは。



「馬鹿げたテメェの嘘に付き合ってる暇はねェ!」

「くく、嘘だと思うなら聞け。銀時と俺は恋仲だった…が、俺があいつを置いていった。お互い死ぬほど好きだった、愛し合ってた、がな」

「…っ」

「分かるだろ?俺たちゃ求め合ってんだよ。本能がそうさせんだ。理屈じゃねェ」

「…まれ」

「オメェの入る隙なんてねェんだよ」

「黙れェエ!」



月明かりを背に浴び、妖艶に微笑む高杉に

俺は全力で斬り掛かった。



〜〜〜〜〜



『旦那ァア!』

「…なに、五月蠅いな」



珍しく早起きした朝だった。

依頼かと思い嬉々として出た電話から聞こえてきたのは、十四郎の部下であるジミーの声。

はぁぁ、とわざとらしくため息を吐くと、ジミーは電話越しにぐずりと鼻をならす。



『助けて下さいィイ!怖いよォオ!』

「語尾延ばしすぎだよ女子高生かお前は」

『怖いんです!マジで!どうにかしてくださいよあんた恋人でしょ!?』

「…十四郎?」



語尾を延ばすのを止めたジミーの口から出てきたのは、恋人の名前。

常に鬼副長と恐れられている十四郎が、怖い?

一体どういうことだ。

俺は取りあえず、ぎゃあぎゃあ騒ぐジミーから話を聞くことにした。



〜〜〜〜〜



仕事がはかどらない。

原因は分かり切っている。

昨日の高杉の言葉が、頭をぐるぐる回っているからだ。

高杉の言葉は、どれも信じたくないことばかりだった。

はぁ、と重苦しい部屋の空気が更に重くなるようなため息を吐く。

そのとき、この部屋に向かって廊下を歩く足音が聞こえた。

近藤さんでも総悟でも山崎でもない、けれど聞き慣れた足音。

俺は姿勢を正す。



「十四郎、入っても良いか」



襖越しに聞こえてきた声は、やはり想像したものだった。

…一番聞きたくて、聞きたくない声。

一番会いたくて、会いたくない人。



「銀時…悪ィ、今日は帰ってくんねェか」

「嫌だ」

「はは…なんだよ、聞き分けねェな」



顔を見たら、演技が出来なくなってしまうから。

笑えなく、なってしまう。



「帰って欲しいときなんてないだろ」

「…」

「顔が見たくないなら此処で我慢するから、何があったのかだけ聞かせて?」



一向に部屋に入って良いと言わない俺に、銀時は部屋の前に座り込んだ。

何があったなんて、そんなの銀時のことに決まってるのに。

銀時も分かっているはずなのに。

いつもなら内に秘められることが、今日はどんどん溢れ出てくる。



「何もない」

「十四郎」



全てのことにイラついた。

過去を話してくれない銀時とか

過去だけじゃなく、今も銀時に特別に思われている高杉とか

銀時を信じたいのに、信じ切れない自分とか

全て。



「俺はお前のこと何も知らねェ…!過去に攘夷戦争に参加してたんだろうとか、白夜叉と呼ばれていたんだろうとか!桂に坂本に…高杉と今も交流があるんだろうとか!んなこと聞いたらお前が離れていきそうで怖くて聞けねェし!」

「…」



そう思ったら、口が勝手に動いていた。

今まで聞きたくても聞けなかったことが、次々と出てくる。



「お前が話してくれるまで待ちたいと思っても、お前は話す気配すらみせねェ!高杉と恋仲にあったとか、今でも好きなんじゃ」

「それ」

「っ」



それまで黙って俺の話…いや、叫びを聞いていた銀時が、急に低い声を出して言葉を遮った。



「…それ、誰に聞いた…?」



低くて、冷たい。

いつもの銀時じゃないみたいな声。

こんなに冷たくされたの、付き合ってから始めてで。

もう、どうすれば良いのかなんて、分からなかった。



「っ…、帰ってくれ、暫く会いたくねェよ…」



俺が悪いの?

好きな人の過去を知りたいと思った、俺が悪いのか?

もう、一体誰が正しいのかさえ分からない。

俺は音もなく去って行く銀時の気配に、ボロリと涙を零した。



〜〜〜〜〜



「…うぅ、なんだ、涙止まんねェんだけど」



銀時と会わなくなって一週間。

相当ヤバいとこまでキてんだろうなーと思う。

書類整理してるだけなのに急に涙が出てきたり、止まらなくなったり。

たまに声が出なくなったりもする。

こんなに精神的に追いつめられたこと、今までない。



「過去が知りたいなんて、勝手過ぎる、よな…知られたくねェこともあるはずだ」



一週間考えて、やっぱり俺が悪かったんだろうなって。

好きだから全部知りたいけど、銀時はそれを望んでなかった。

なら、聞くべきじゃなかったんだ。



「銀時…も、終わり、なのかな…」



はぁ、とため息を吐いても何も変わらない。

俺からはどうすることも出来ない。

だって銀時から連絡も何もなくて、会いにも来てくれなくて。

自然消滅なのかな…と思ったら、また涙が溢れてきた。



「旦那ァア!ダメですってばァア!」



そのとき、急に廊下をバタバタ歩く音が聞こえてきてビクリと体が強張る。

今のは山崎の声だ。

山崎が旦那と呼ぶ人物は、一人しかいない。



「語尾を延ばすな鬱陶しい!」

「鬱陶しいって言わないで下さいよォオ」

「ちっ」

ゴンッ



一週間ぶりに聞く銀時の声にジンジンと体が熱を持つ。

ぎゃっと言う犬が踏まれたような声がして、俺の部屋の前に一人の人影。



「十四郎、開けるよ」

「ちょ、待て、まだ」



この間は部屋の前に座り込んだ銀時だが、今日は俺の意志を聞く気はないらしい。

俺の答えを聞く前に襖を開け、俺の隣に座った。



「…やっぱり、泣いてた」

「…一言目がそれか…クソ、頼むからほっといてくれ」

「ほっとかれたくなくて泣いてたんじゃないの」

「…違ェ」



違う、違う。

だって泣きたくて泣いているわけじゃない。

勝手に涙が出てきたんだ。

ごしごしと目を擦ると、銀時に手首を掴まれる。



「今、高杉に会ってきた」

「!」



俯いた俺を銀時の温かい腕が包み込み、耳元でそう囁いた。



「今日たまたま会ったヅラ…桂に居場所聞いて。話をしてきた」

「…」



銀時の声は穏やかで、でも俺の心はざわついていて。

声が出ない。

やっぱり桂や高杉と繋がりがあったんだな、とか。

俺が何か言いたげなのが分かったのか、俺が口を開くのを制止するように銀時の腕に力が入った。



「昔、白夜叉と呼ばれる男が居たんだ。そいつは桂小太郎、坂本辰馬…高杉晋助と共に攘夷戦争に参加してた。桂と高杉は幼なじみだ。親が居なかったそいつを拾ってくれた、吉田松陽先生の塾で出会った」



親に捨てられ戦場で生きていくことしか出来なかったこと

そんな自分を本当の子供のように可愛がってくれた吉田松陽のこと

いつ頃桂と高杉と出会って、坂本に出会って、戦場を駆け回ったか

そしてどのようにして終わりを迎えたか



銀時はゆっくりと、昔を思い出すように語る。



「確かに高杉のことは好きだった。愛してたよ」



一通り話し終わったのか、銀時が言った。

俺は溢れてくる涙を止めることが出来なくて、銀時に力いっぱい抱きつくことしか出来ない。

銀時の過去は受け止めるには重すぎた。

けど、話してくれて嬉しいし、そんな重い過去を自分も一緒に背負うことが出来るのかと思うと

本当に幸せだと、そう思える。



「でも今俺が一番大切に思ってるのは、お前だ。好きだ、愛してる。高杉に置いて行かれたから好きになったんじゃない、本当に惹かれたんだ、お前に。…だからお願い、俺から離れていかないで…」



銀時の言った一言に、俺は涙でぐちゃぐちゃであろう顔をばっと上げた。



「…なん、で」

「え?」



首を傾げる銀時に思う。



「なんで、銀時が、俺が離れていくこと、心配すんだよ…」



銀時が離れていくかもしれないって不安に思ってるのは、俺のはずなのに。



「だって、…ずっと言いたかったんだ、昔のこと。でも話たら十四郎が離れていっちゃうんじゃないかって、不安だった」



すり、と俺の肩口に顔を埋めて言う銀時の声が段々と小さくなっていく。

そんなの、そんなの

…ズルい。



「…んでだよ…離れるわけ、ねェだろ…!」

「ホントに?」

「お前は、俺の心に土足でズカズカ、入り込んで…あぐらまで、かいて…っ、責任取れよ、馬鹿ぁ…!」



俺がこんなに銀時のことを好きなのは、銀時のせいだ。

怖くて一歩も動けなかった俺の心にぐいぐい入り込んで、甘やかして、自分が居なければ生きていけなくしたのは、銀時だ。



「…うん、一生かけて責任取るよ」



本当に、責任を取ってもらわなきゃ困る。

過去も未来も全部俺に預けて、俺とひとつになって。

一生かけて、責任取ってくれよ?



〜〜〜〜



「なぁ銀時…」

「ん?」

「俺のこと、好きか?」

「うん、好きだよ」

「俺のこと、愛してる?」

「勿論、愛してる。世界で一番大事に思ってるよ」

「…銀時」

「ん?」

「もっと言って…」



うぅ…頭が痛い…

そう思いながら目を覚ました副長室前。



「(良かった、俺が気絶してる間に上手くいったみたいだ…!)」



殴られたのはちょっと納得いかないけど、やっぱり旦那と副長はこうでないと。

俺は気配を消して足音を立てぬよう、副長室を後にする。

これで当分、休憩中にミントンやってもボコボコにされないだろうな、とうっすら笑みを浮かべながら。





〜〜〜〜〜

こんなに重いリクだったかな…?と思いながらも、どんどん重くなるのを止められず(笑)
しかも山崎終わりですみません^^^^

名無しさん、リクエストありがとうございました!
(お名前がなかったので、この作品のお持ち帰りは禁止です)





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