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□言えない代わりに…
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「言えない代わりに…」
今日は天気も良くて清々しい朝だった。
日めくりカレンダーを一枚剥がし、今日の日付を一番上に。
でかでかと赤い丸で囲んだ「10」という数字に、フッと笑みが零れた。
自分があいつのために誕生日を祝うなんて出会った当初は思いもしなかったが、今思い返せば小さな小競り合いも口喧嘩も懐かしい話だ。
そんなことを考えて、今日のこの日を待ちわびていた自分が不思議でむず痒くなる。
わざわざ非番までもらったと知ったら、あいつはどんな顔をするだろうか…
喜ぶだろうか、からかわれるだろうか…
まぁいい、どっちでも構わない。
どちらでも、きっとあいつは俺を優しく迎え入れてくれるから。
今日はケーキでも買って行ってやるか…
約束は昼過ぎだから、ケーキを買って行くぐらいの時間はたっぷりある。
プレゼントは、結局悩むばかりで決められず当日を迎えてしまったが…ケーキぐらいは買って行こう。
そんな恋人との束の間の休日を楽しもうと心躍らせていた土方の自室に、山崎が駆け込んできた。
「副長っ!大変です!!」
この時、山崎の言葉に耳を傾けずそのまま出掛けていれば…今頃、万事屋でケーキを食べながら楽しい時間を過ごしていたに違いない。
だが見て見ぬ振りなどできる性格でないと同時に、真選組副長というプライドが土方を留まらせた。
「どうした?」
「先ほど通報があって、街中で立てこもり事件が発生しました…ってあれ?」
「…よし、すぐ現場に向かうぞ」
「ふ、副長っ、もしかして今日非番―…」
「気にするな、午前中に片付けりゃー問題ねぇ。いいから車表に回しとけ」
「は、はい!」
バタバタと山崎が走る音が遠ざかって行くのを聞きながら、隊服に手をかけた。
ったく、今日は着る気ねかったんだけどな…
それでも隊服に手を伸ばしてしまう性分に自分でも呆れるが、どうしようもない。
…そうだ、あいつに連絡入れとかねェと。
隊服を着てしまう前にかけておきたい…
そう思い携帯を手に取った。
数回の呼び出し音が鳴り、次いで銀時の声が聞こえてくる。
その声はやっぱり気だるげで、こちらの気まで抜けてしまうほど…安心した。
『はいはい、どちらさん?』
「俺だ」
『オレオレ詐欺はもう古いですよ、大串くん』
受話器から聞こえてくる銀時の声と一緒に、周りで騒ぐ声が聞こえる。
確か、午前中は神楽や新八が誕生日パティーを開いてくれるとか言ってたな…なんて思い返しながら、こちらの慌ただしさと反する楽しそうな雰囲気に羨ましくなる。
「どうせ払う金なんて持ってねぇだろが」
『うわ、ヒドッ!……で?これからお仕事?』
…思わず、返す言葉に詰まった。
こういう時の察しの良さにはいつも感心する。
と同時に、それをさせてしまっているのが自分であることが申し訳なくて…拳にギュッと力がこもった。
「…ああ。ワリィ、そっちに行くの遅くなるかもしんねぇ」
『…いいよ、待ってるから』
いってらっしゃい、そう言ってくれる銀時の声がやけに穏やかでフッと心が軽くなった…
「…行ってくる」
土方は電話を切り、隊服に手早く着替えると刀を手に取った。
手にズシリとくる重みが仕事への意欲を高める。
『待ってるから』
その言葉に背中を押されるように、土方は部屋を後にした。
まさか、この事件が今日と言う大事な日を狂わすとも知らずに…