+ 桜 +
□雨 音 2
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雨が降っていた。
廃寺に拠点を移し、一ヶ月と半。
先の見えない戦に誰もが苛立ち、不安に怯えていた。
「銀時はまだ戻らねぇのか?」
桂に宛がわれた部屋を訪ねるとノックぐらいしろと睨まれる。
プライバシーも何もあったものではない戦下において、時折発揮されるコイツの育ちの良さにイラリとする。
そもそも戸は最初から開いていたはずだ。
敢えて無視を決め込めば、大袈裟な溜息が返ってくる。
「坂本もまだだ。アイツらが殺られることはないと思うが…少し遅いな」
思案顔に眉を寄せ、開け放された障子戸から外を窺う。
暫しの沈黙。
互いに目を合わせることはない。
外に目を遣ったまま、先に口を開いたのは桂だった。
「なぁ、高杉。銀時の事だが…、このところ様子がおかしくはないか?」
戸に背を預け、返事をする代わりに天井を仰ぐ。
薄暗い部屋に影がゆらりと揺れた。
どうやら桂も気付いていたようだ。
普段は避けているこの部屋を態々訪ねたのは、その話をするのが目的だった。
「おかしいか…」
「あぁ。この間なぞ笑いながら天人の首を撥ねて、まるで血に飢えた獣の様だった。白夜叉であったとしても、アレは異常だ」
その様子を思い出したのか、眉間の皺を濃くする。
桂にはそう映ったようだが、アレはそんなもんじゃない。
もっと質の悪いものだ。
「桂ァ、アイツは血なんぞ求めちゃいねぇ。今のアイツは…」
「白夜叉が戻ったぞ!」
続く言葉は、外からの歓声に掻き消された。
チラリと桂が視線を寄越す。
この話は後程という事だろう。
いつの頃からか鬼の名で呼ばれる男が、ヒタヒタと朱と透明な滴を落としながら現れる。
蝋燭の薄明かりに爛々と光る紅い瞳。
頬を伝う血混じりの水滴を舐め、ニヤリと笑う。
―――夜叉。
一瞬たじろいだ俺達に銀時は俯き、
「…ただいま」と顔を上げる。
雨すげぇよと笑う、その姿から夜叉の気配は消えていた。
消えていたが、明らかに無理矢理なその表情に激しい苛立ちを覚える。
そんな顔で俺が騙せるとでも思っているのか。
ギリリと睨み付けるも気付かない振りか、銀時は俺を見ない。
「ずいぶん遅かったな。ずぶ濡れではないか、早く風呂に入ってこい」
銀時の帰還に安心した顔の桂が、母親の様な事を言う。
「あ〜はいはい。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
濡れた銀髪を掻き揚げ、苦笑を浮かべながら初めて俺を見る。
「なに?高杉。恐い顔しちゃって、銀さんとお風呂入りたいの?」
「馬鹿か。風邪引く前にさっさと行け」
遠慮すんなよと子供の様に頬を膨らませ、いつもの様に振る舞う。
その姿に、きつく拳を握る。
「金時〜、風呂に行くがかぁ?一緒に入るぜよ〜」
ドカドカと騒々しい足音と共に坂本が現れた。
声を聞くなり銀時が、ゲッと嫌そうに顔を歪める。
「ざーけんな。お前、人の裸ジロジロ見るから嫌だ」
「見るだけじゃなか!色々妄想しちょるぜよ〜」
「余計質が悪ぃんだよ!その黒モジャ、俺が風呂上がるまで見張っといて!」
背中に縋る坂本を邪険に振り払い、風呂へと走っていく。
その足音が聞こえなくなった頃、笑っていた坂本が表情を引き締めた。
「…なぁ、おんしら。気付いちょるかもしれんが、銀時はおかしかなっちょるぜよ」
何時にない坂本の真剣な面持ちに桂と顔を見合わせた。