+ 桜 +

□雨 音 1
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あー、しまった。


珍しく入った仕事を終え、万事屋に帰る途中。

晴天だった空に暗雲が立ち込め始める。



結野アナ〜、雨降らないって言ったよね?



恨めしく空を見上げると、顔にポツリと冷たい滴。

降り出した雨は瞬く間に白く視界を奪っていく。

慌てて近くの軒先に飛び込んだものの、濡れてしまった。



新八、迎えに来ねぇかな。



淡い期待で辺りを見回してみても、歌舞伎町から遠く離れたこの町に来る訳がない。

そもそも報酬を受け取るだけだから来なくていいと言ったのは自分だ。




………やみそうもねぇな。



降りしきる雨をぼんやりと眺めていても、雨足は強くなるばかり。

3月に入ったとはいえ、夕暮れ時の気温は低い。

おまけに、この雨。

零れ出た吐息の白さにブルリと身震いする。



しょうがねぇ、傘買って帰るか。



こうしていても風邪を引くだけだ。


近くに店は…と辺りを見渡す。


もう一度、見渡す。


更に、見渡す。



…………アレ? 店、ないの?



どの店もシャッターを下ろし、コンビニすら見当たらない。

その上、通りにいるのは自分一人。

金が入った時に限ってこれだ。



ハァー、ツイてねぇ。



溜息が大粒に変わった雨の音に消される。



もう少し様子みて誰かの傘に入れてもらうか…。




強い風に吹き込んだ雨が痛いほど肌を打つ。



うっ、冷てぇー。早く誰か通んねぇかな。



日が沈み暗灰色に霞む世界に目を凝らすと、人影が見えた気がした。

が、一向に姿を現さないそれに見間違いだったかと落胆する。




 ザァ ザァ ザァ




聞こえるのは雨音だけ。




 ザァ ザァ ザァ




自分以外の気配の無さに薄ら寒さを覚える。




 ザァ ザァ ザァ




……まずい……こんな、雨は………




 ザァ ザァ ザァ




意識を他に向けようと、すればするほど呼吸が上がる。




 ザァ ザァ ザァ




雨は、さらに勢いを増す。



 ザァ ザァ ザァ ザァ




心臓が軋みだす。




 ザァ ザァ ザァ ザァ




空が、重く唸り声を上げる。




 ザァ ザァ ザァ ザァ




鋼のぶつかりあう音




 ザァ ザァ ザァ ザァ




噎せ返る様な血の臭い




 ザァ ザァ ザァ ザァ




血と雨に泥濘む大地




 ザァ ザァ ザァ ザァ




倒れたまま起き上がらない仲間




 ザァ ザァ ザァ ザァ




護れなかった者達の




 ザァ ザァ ザァ ザァ




怨嗟の声




 ザァ ザァ ザァ ザァ




― 苦しい ―



― 死にたくない ―



― 白夜叉、お前のせいだ ―



― なにも護れやしないくせに ―



― 犠牲にした俺達を忘れるのか ―




 ザァ ザァ ザァ ザァ ザァ ザァ





「……や…めろ…やめろ!!」



耳を塞ぎ、きつく目を閉じても、その声は響き続ける。



雨音と共に、いつまでも…


           いつまでも……

 
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