+ 桜 +

□甘くて苦い
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「何やってんだ!見回りに戻るぞっ!!」


そんな小さな願いさえ、壊すのは何時もこの声の主。

激しい苛立ちを顔には出さず、貴方に微笑む。


「旦那ァ、きやしたぜィ。呼んでもねぇのに」


「本当だ〜。何時にも増して瞳孔開きすぎじゃね?」


嫌そうな声で嬉しげに笑うんですね。

だから、わかるんです。

貴方の心がアイツにある事を。


「ホラッ、行くぞっ!!」


腕を掴むアイツの手を振り払う。


「嫌でィ。旦那とお茶してるんでね。土方ァ、一人で行ってこい」


「ふっざけんなッ!」


「多串君、空気読んでくれる?今、沖田君と良い雰囲気なんだよね」


「そうですぜ。馬に蹴られて死ね、土方」


鋭い視線が俺を睨む。

それが不遜な自分の態度に対する怒りからでない事は、わかっている。

俺とアイツの視線に交じるのは、互いに対する嫉妬だけ。

それ以外のモノは無い。

なんて、アンタはわかりやすい。

だから俺は、貴方の肩に撓垂れ掛かる。

この人は俺のものだと主張するように。


「そうだよ。邪魔すんなよ多串君」


クスクスと笑いながら、貴方は俺に腕を絡める。

アイツの瞳に過ぎる濃い嫉妬の色。

感じるのは優越。

気分は昂揚。

なのに、心は冷えていく。

茶番だと知っているから。


「ッ!勝手にしろっ!」


舌打ちして去っていくアイツの後ろ姿。

勝ったなんて思っちゃいない。

常に付き纏うのは敗北感だ。


「行っちゃったね」


「そうですねィ」


「…怒ったかな」


「拗ねてるんですぜ」


「沖田君が意地悪言うからだよ」


意地悪はどっちだ。

気のある素振りでアイツを振り回しているのは、貴方じゃないか。


「…意地悪は旦那でさァ」


責めるように言えば、少し驚いたように貴方は笑う。


「ふふっ、そんなこと知ってるだろ?沖田君」


知っています。

……痛いほどに。


「土方さんが惚れてるって、気付いてるんだろィ?」


「まぁ…ね。アイツはそれに気付いてないみたいだけど」


鈍いからね、と続ける貴方。

他人の気持ちには鋭いのに、自分の気持ちには、鈍感なんですね。


「確信犯なんですねィ。気付いててあの仕打ちですかい、罪なお人だ」


だから、俺が貴方に惚れてるのも本当は気付いてるんだろう?

厳重に鍵を掛けて隠した想い。

貴方はいとも簡単に開けてしまうのだ。

その癖、知らない振りをする狡い人。


赤い瞳をじっと見詰める。

貴方が俺の想いを知っている事、自分は知っているのだと。

逸らす事なく、強く…。


それまで気怠げだった瞳が真剣なモノに変わる。

その一瞬を見逃さず、噛み付くようにキスをした。


あぁ、やっぱり。

驚いてもくれないんですね。

慌てるでもなく、静かにそれを受け入れた貴方。


「ダメだよ。沖田くん」


まるで幼い子供に言い聞かせるように貴方は言う。


「…旦那は……意地悪でさァ」


「うん、わかってる。…ゴメンな」


謝らないでください。

惨めな苦い思いなんて、したくないんです。

きつく唇を噛み締める。

もし年が近ければ、出会ったのがアイツより早かったなら、貴方は俺を見てくれただろうか。

餓鬼扱いなんて、しなかったろうか。

考えても仕方のない、馬鹿な事と分かっていても…。

願わくば、貴方がアイツへの気持ちに気付きませんように。

貴方への最初で最後の意地悪です。


「…もう一度、あんたからキスしてくだせィ」


それで、忘れてやりまさァ。

この想いも、貴方の気持ちも…。

貴方は困った様に、ごめんねと呟いて。

掠めるようなキスは甘く……。


去って行く背中に、少しだけ泣いた。



 
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