+ 桜 +
□酒と出来心は程々に 【†】
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街中が赤と緑に彩られ、楽しげな曲に浮かれた人々は大事そうに大きな箱を手に、煌びやかに輝く電飾の道を足早に過ぎ去る。
今日はクリスマスイヴ。
といっても、今の俺は子供のように燥ぐ気分ではない。
その原因は、アイツ。
恋人と呼びあう関係のあの男。
「明日、仕事が入っちまった」
申し訳ないと書いた顔を拳で殴ったのは昨日の事。
アイツは殴られるまま怒ることもなく、ただごめんと呟き、仕事の途中だからと出て行った。
ぽつりと置き去りにされたクリスマス仕様の箱に入っているのは、中を見ずともケーキだとわかる。
「別に楽しみにしてたわけじゃねーし」
誰にともなく呟いて、妬け食いするかと睨みつつも、今日は腹が一杯だからと言い訳して冷蔵庫に入れたのは、期待を捨てきれなかったからだろうか…。
それにしても町をぶらついたのは間違いだった。
どうしても寄り添い歩くカップルに目がいってしまう。
本当なら自分達も…と苛立ちが募る。
なるべく周囲を見ないようにあてどもなく歩く。
……サンタが過労で倒れた為、今年のクリスマスは中止になりましたーっ!とか号外でねぇかな…。
他人様の幸せなクリスマスを自分の不幸に巻き込もうなんて、俺の思考回路も寒くなってきているようだ。
そんな俺を叱るように吹き抜けた師走の風に身を竦ませ、赤いマフラーを口元に引き上げる。
あぁぁあぁッ、寒いっ!!
土方に借りたまま自分のものにしたそれから、微かに香る煙草の匂い。
いつもなら嬉しく思うそれが今日は辛い。
「…約束は、破っちゃ駄目だろ……」
クリスマスも二人で過ごそうと約束したのだ。
二ヶ月前の誕生日に。
今度こそ待たせないからと約束のキスまでしたのに…。
仕事で会えなくなるなんてしょっちゅうだ。
仕方ないとは…分かってる。
でも、納得する前に諦める前に手が出てしまった。
痛そうに頬を押さえたアイツの顔がちらついて胸がチクリと痛む。
しかし、謝る気にはまだなれない。
だって今日は、クリスマスだ。
クリスチャンでもないしイベントに拘りがあるわけじゃないけれど。
ただ周りの幸せな雰囲気に取り残されているようで…。
それにドラマのようなイヴを期待していたわけじゃない。
例えば大きなツリーが輝く暖かな部屋。
七面鳥をメインにした沢山の料理にサンタクロースの乗ったケーキ。
ワインを傾けながら、互いにプレゼントを交換しあう。
そんなクリスマスを恋人と…土方と過ごしたかっただけなのだ。
……って、ベタじゃん。
めっちゃドラマじゃんッ!
月9より教育番組じゃねっ?!
自分でツッコミを入れる虚しさに笑いも渇く。
それに会った事もねぇ、オッサンの誕生日祝うって意味わかんないしなっ!
世の中浮かれ過ぎだぜ、まったくよぉ。
足元の石を蹴飛ばして、滲む涙を寒さのせいにする。
……だから、楽しみになんかしてねぇんだよっ!
強がってなんかないからねっ、コレッ!
最早、誰に対して言っているのかわからない。
自分を納得させる為の言い訳、かもしれないが認めることは出来ない。
「あー、今日はどうすっかな」
神楽と新八にはクリスマスはお妙達と過ごせと言ってしまった。
やはり一緒にいてほしいなんて今更だ。
というか、恥ずかしい。
誕生日に引き続きロンリークリスマス。
恋人がいるってのに、惨め過ぎる。
「長谷川さん誘って飲みに行くか…」
こんな日は、アルコールの力を借りて忘れてしまうに限る。
寂しい男二人のクリスマス、いいじゃないか。
冷たい空気が鼻の奥でヒリついて涙がでる。
「はぁー、さみぃ」
ため息混じりに吐き出した白い息が北風に掻き消えた。