アジトチラ見

□霧雨
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霧のように細かな雨粒が、さらさらと風になびくカーテンのように、そよぐ。
今しがた出てきた本屋の自動ドアが、ひっきりなしに開閉し、私の後ろ背に、客の出入りを告げる。
折り畳み傘ならあるが…
手に握っている本屋の紙袋は、雨よけ用にと、丁寧に梱包してくれたものだから、こちらは大丈夫そうだ。
バッグも、仕事用のものだから、多少濡れても、物も心も痛まない。
洋服だって、完全に仕事着だ。
この湿気の多い時期、そんなに高いものは常用したりしていない。

ならば何なのだというと、なぜだか分からないが、この風景に混じり、もう帰ってしまうのが、ひどく惜しいように感じた。混じるのではなく、もう少し、この風景を鑑賞する側にいたかった。
鼻先を掠める、雨の微粒子が心地いい。
いつもの帰り道が、白く薄ぼんやりと霞むのも、風情がある。
「こんな景色。隣にいてくれる人がいたらな。」と、私は小さく、半分呟く。
友達などではなく、家族でもなく。配偶者でもなく、恋人でもなく。

だったら誰なのかというと、思い人である。ここでいう『人』は、すでにある個人を指している。
私が、家と会社をつなぐ道上に、見つけたオアシス。はてな堂書店。
正確に言えば、少し遠回りをし、1回乗り換えないといけないが、些細なことだ。

高めの慎重、小麦色に日焼けした肌、厚い胸板、縁なしのめがねの奥の切れ長の目は、反しかけると、こちらをじっと見つめ、必ずやさしく微笑みかけるのだ。
よく同僚の人たちに声をかけ、指示を出している。
タイミングを見計らい、思いつく本のタイトルを伝えると「少々お待ちください。」と、一礼し、忙しそうな身を俊敏に動かす。肩幅や、筋肉の動きに目を奪われるのは束の間。
すぐさま伝えた本を、笑顔と共に渡してくれる包容力と、その為の膨大な知識。
キラリと光る他とは違う金色のネームプレートに書かれた名前、マネージャー伊達。
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