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□憧れてました。恋になってしまうほどに。
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僕の好きな冬が終わる。彼女の嫌いな冬が終わる。
彼女の好きな春が来る。
僕の嫌いな春が来る。





『憧れてました。恋になってしまうほどに。』





もう、2月だ…大抵の3年生は進路を決め終えた頃だ。
きっとあの人だって…例外じゃない。
あと1ヶ月もすれば、3年生は皆、卒業なんだ…。



そんなこと考えるようになったのは、屋上でまた昼食を食べられるようになるくらい、暖かくなったからだった。
春が見える。

「ね、アレン、ユウ先輩はどうなったんさ?最近逢ってねぇみたいだけど…」
「別に。関わりが無くなっただけのことですけど」
努めて何の感情も籠もっていない風に答える。

「…オマエさ、オレも騙せると思ってんさ?てかアレンは、そうやって自分自身も騙してるワケさね。楽しいの?」
…今更だった。ラビの云う通りでもある。
だけど、だけど、
「もう騙せないから、離れるしかないんだよ…!」
出逢いはきっかけに過ぎなかった。きっと、ただ、最初は憧れだったのだ。


帰国子女だと云うだけで散々噂が駆け回った挙げ句、根も葉もない悪い噂までも立ち回り、少しの間ではあっても嫌な目で見られた。
妬み、憎悪、嫌悪、自分を見る目にはそんな汚く歪んだ感情が蜷局を巻いていた。
女子って特別偏見が強い生き物だと僕は思った。

そんな風に晒されて、自分の心もいつしか歪んでいくのに、耐えられる人など居るのだろうか?否、居ない。
僕のこの歪み、狂いは周りの所為だ!



だけどその騒動も収まり、また違った噂を耳にした。まったく次から次へと好きなんだね、と内心僕は皮肉った。しかしそれの内容を聞いて、驚愕した。

彼女はあまり気高く美しく在ったのだ。
同じように晒されても、尚自分を見失うこともなく、悪どい噂など、1回ですぐに立ち消えになる。
それほど彼女自身が強かった。
そんな彼女に自分は、憧れ続けていたのだ。



そして、きっかけの出逢い。
好きになって、大好きになって、愛した。
誤魔化せなくなった。


「なぁアレン…もう、あの人、1ヶ月で卒業しちまうんだよ?アレンはそれで良いの?今行かなきゃ、もう会えないんじゃないの?」
もう進みも退けもしない。
しかし別れの春はもうすぐそこまできているのである。
「嫌だけど、それでも…」

あの人が悪いのだ、と思ったこともあった。
彼女があまりに美しく在るものだから、と。だからこそ恋い焦がれるほどに憧れてしまったのだ。
しかしそれも結局は、己の弱さの所為だ。

「もっと勇気出せさ!もう時間は残されてない、今しかない。ぶつかってくのは今しかないんさ!!」
そうだ…もう時間は残されていない。
「僕に守りたいものなんて…ないんだ」
今更そんな格好良いもの、持っていない。
「アレンん…先輩、寂しがってたよ?」
嫌われるのが怖い。正直恥ずかしい。
だけどどうせあと1ヶ月であの人は居なくなるんだ。
あの人の性格からして、広めるようなことは絶対しない。
最後まで、どこまでも保身的な自分にはもううんざりだけれど、開き直ってしまえ。

「…アレン?」
「ありが、とう。伝えなきゃと思う。ラビ…僕を助けてね」
僕は、今でも弱いから。
「弁当1年分さ!」
右手の親指を突き出して、ラビが云った。
僕もそれに応じてくしゃりと顔を歪めた。




その1ヶ月ほど経ったある日の放課後、彼女の許を訪ねたら、最近調子が優れないで、今日もまだ保健室に居ると云う。
もともと部活はサボる気でいたから保健室へ直行した。部長に叱られるのは何とも思わなかった。




─…突然何だって思われるだろうな。勝手にある日から会わないようにして、もうどれくらい経つか…。
だけど久々の再会と思うと胸が高鳴る。
逢いたくて…寂しくて…触れたくて…恋しかった…。

震える手で戸を引く。
「神田…先輩」
呟くように呼び掛けると、ベッドの白い塊が何やら蠢いた。
「あ…」

「どうも…あの、お久しぶりです」
慌てて頭を下げる。
「モヤシ…随分と久しかったな」
「はい…あの、先輩お身体の方は大丈夫ですか」
「身体?ああ、これは半ば仮病だ。安心しろ」
むっくり起き上がった。
「どうも貧血気味でな、面倒だったからここで寝ることにした」
「貧血…?」
「アレだ、ほら、生理」
「ああ…」
「どうにも重くて」
こくりと僕が頷くのを見て尚も話を続ける。

「それでも前まで大丈夫だったのは多分お前の弁当のおかげだったんだろうな、とか思ったりしてな、そういう時は今日は来ないかなーとか期待を寄せてた訳よ」
その期待に添って僕が登場することはなかったけれど。
「お前の弁当さ、すげぇ栄養バランス良かったろ?だから…」
と呟いてから、ところで何用かと顔を向けてきた。
ああ、先輩は気づいてくれていたんだね。

ラビの声も思い出されて勇気づけられる。
「あの…先輩、僕は貴女に、ずっと憧れ続けていました」
息が苦しい。耳のすぐ横で心臓が鳴っているみたいだ。

「それで…綺麗で、美しく先輩を見続けている内に…」
毎日逢いたくなって、恋しくなって、触れたいと思うようになった。触れるのも許されるようになって暫く…ここで初めていつの間にか一線を越えてしまったことに気が付いた。
「優しくしてくれる貴女を、愛していました…神田先輩、愛してます。僕はまだ貴女と一緒に居たい!!」
「モ、ヤシ…」

再び言葉を紡ごうとした瞬間、
「ハイハーイ、もう今日は終わりだから寝てないで帰りましょーね」
ガラガラ、と扉から突然出てきたのは保健医のティキ先生だった。
「アレ?お見舞い?だったら2人一緒に帰ろうか。ハイ立ってー」
「うわやめろ馬鹿っ!触るな変態教師ー!!」
「変態とは失礼だねぇ。誰が貧血ごときでベッド貸してあげてると思ってんの!ほら早く!」
「じゃ、じゃあ僕この人連れて帰りますね…」
「ん、そうしてチョーダイ」
先輩の手を引いて、学校を出た。




「…神田…返事、聞いても良いかな?」
いきなり敬語を崩し、少々驚き気味の神田。

「別に良いんだ。ダメだったらまた貴女を憧れの人だけで終えられるから…それだけの覚悟はしてあるから…卒業しちゃう前に、僕がこうして気持ちを告げたら、貴女はどう答えてくれるか知りたかった」
愛してる…そう云って、多分最後の口づけを頬に落とした。

「明後日は卒業ですね…ご卒業おめでとうございます」
何としてでも伝えておきたかったことは全て伝えた。


不意に風が吹いた。
早咲きの桜が、舞い散っていた。
神田の視線が釘付けになっていた。




「先輩今日学校でしょ!?僕んとこが休みだからって貴女までこんなダラダラしてたらダメじゃないですか!!」
「はー…?」
「時間見てください!!僕ご飯高速で作りますから貴女は早く着替えてきてください!!」
「んー…」
「起きろバ神田ぁー!!」

眠そうな目をこすりながらふらふら覚束ない足取りで階上に向かう神田。
僕はご飯の支度をしながら溜め息を吐いた。

まさか一緒に暮らすのがこんなに大変になるとは思わなかったものの、幸せで仕方ないのが本音。


「ほらご飯です。ちゃんと食べてってくださいよ」
「時間ねぇ!!」
漸く目が覚めたのか焦っている神田。
「食べなさい!!」
渋々一気に自分の分を掻き込んでいく神田。
僕には余裕があるから、可愛いなぁって眺めていられる。

「じゃあ行って…」
食事を終えて身支度も終えた神田を引き寄せ、唇にキスを落とした。
「寝坊の罰ですよ。はい、行ってらっしゃい」

瞬間動けなかった神田の背中をトン、と押して、見送ってあげた。
手を振って。




憧れの先輩と愛を育んでいくのはまだこれから。
当然憧れで終わらせる僕じゃないけれど。




End

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