□夏の夜の宴
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「悟浄、花火大会に行きましょう」
「………あ?」


太陽がすっかり昇った昼過ぎにやっと目覚めて部屋から出てきた悟浄は、顔をあわせるなり唐突に八戒にそう言われた。
自分は寝ぼけているだけだ。きっと何かの聞き間違いだ。そう悟浄が思いこもうとするとタイミングよく八戒が同じ言葉を繰り返す。

どうやら八戒は本気らしい。悟浄は深くため息を吐きながら、寝癖のついた髪をぐしゃりと掴んだ。


「…あのよ、八戒さん?いくらなんでも俺はイイ年した男が2人で、むなしーく花火大会なんて行くのはどうかと思うんですケド?」
「どうして僕が貴方と2人で行かなきゃいけないんですか。こっちから願い下げですよ」


それはそれで、悟浄は傷つくと思うのだが。
案の定悟浄は「他に言い方ないのかよ…」とがっくりとうなだれた。まぁそれも割合ということで。

2人だけではない。となると、必然的に思い浮かぶのは三蔵と悟空の他にはいないだろう。むしろそれ以外考えられない。


「この間寺院に行ったときに悟空に花火大会があると言ったら、とても行きたそうにしてたんですよ。どうせ行くならみんなで行きたいでしょう?」


きっとそのときの悟空は子犬のようにぶんぶんと尻尾を振って喜んでいるようだっただろう。それに飼い主が頭をかかえる様子まで安易に想像できる。

八戒がさも楽しそうに語るので、悟浄はつい同意してしまいそうになる。が、悟浄はひらひらと片手を揺らして拒否した。


「俺パース。野郎だけで行きたくなんかねーっての」
「三蔵がいるじゃないですか」
「あいつは論外」


たしかに三蔵は女性で、しかも黙っていれば超絶美人であった。
けれど女性らしさとは無縁な生臭坊主。祭のときでもどうせいつもの法衣姿か、よくて何の飾り気もない私服だろう。
祭の女性の服装といえば絶対浴衣、それ以外は認めない!と思っている悟浄にとって、三蔵は女性としてカウントされなかった。

その心情を悟った八戒は苦笑しながらも言葉を紡いでいく。


「それでも来てくたざいよ。悟空がさびしがりますよ?」
「あいつがさびしがるかぁ?」
「と、いいますか…」


八戒が立ち上がった次の瞬間、素早く包丁が悟浄に矛先を向けられた。あと数pで顔面を貫きそうな位置にあり、悟浄はごくりと唾を飲んだ。
包丁を向ける八戒が、あくまで笑顔なのが恐怖を引き立てる。


「つべこべ言わずに来てください。さもなければ今すぐこの包丁を突き立てます」
「…ワカリマシタ」


そうして半ば…いや、明らかに強制的に、悟浄は祭へと連行されることになった。
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