パラレル-

□それはある日の素敵な接触
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ホカホカと湯気を纏う身体を、脱衣所のマットの上に下ろされる。
細い掌が己の身体から離れた瞬間、ゾロは鎖を放たれた犬のように猛然と脱衣所を飛び出して廊下を駆け、陽差し溢れるリビングへと駆け込んだ。





『それはあるの素敵な接触』





「……水も滴るイイ男っつーよりは、追い詰められた濡れ鼠だなこりゃ」

お気に入りのクッションに身を預け、白い尻尾を揺らしながら鼻歌交じりに毛繕いしていたサンジが、濡れそぼったままの自分の姿を見て「あ〜あ」と言いたげに苦笑を浮かべた。
おいで、と促されてソファーの上に飛び乗り、濡れた鼻先を擦り寄せ合う。
軽く口元を舐め合うと、甘いような石鹸水のような味が舌にじわりと広がって、ゾロはほんの少し顔を顰めた。

「…不味い」
「ちゃんと乾かしてもらってから逃走してこない、あんたが悪いんでしょ?」

くすりと笑ったサンジが、頬や耳元を丁寧に舐め乾かしてくれる。
眼を細めてその舌を受け入れながら、ゾロも身体から力を抜いてぺたりとサンジの傍らに座り込み、腹や胸元や太腿の辺りの毛をゆっくりと舐め始めた。



「…俺にこうして触れられるのは、平気なのにね…」

風呂から上がった後の常でせっせと額や喉元をゾロの身体へと擦り付けてマーキングしていたサンジがふいにそう呟いたのは、濡れ鼠だった毛をあらかた乾かし終え、ポワポワと毛を膨らませながら漸く人心地ついて陽だまりの中でゾロがウトウトし始めたときのことだった。

「一緒に暮らし始めてもう二週間経つけど、まだロビンちゃんに触られるの苦手?」
「………」

問いかけに、ゾロは薄く瞼を開いてサンジを見た。
視線が合うと、ビー玉のようにつぶらな蒼い瞳を優しく細めてサンジが見つめてくる。
「仕方ないコだね」とあやすようなその眼にも尋ねてくる声にも、別段ロビンに馴染めない自分を責めるような響きは無い。
ゾロはそのことに少しだけ安堵しながら、小さく頷いて言った。


「…別に、あの女に限ったことじゃねぇ」
「…うん。ただでさえあんた、人に触られるの大嫌いだもんね…。この二週間で身体洗われてる間だけでも大人しくしていられるようになっただけで、俺もすげぇ進歩だと思う」

俺なんかいつまで経っても虫は見るのも嫌だもんな、と苦笑して、サンジが労うようにぺろりと額を舐めてくる。
ゾロはむずかるように「ん…」と吐息を零し、眼を閉じてサンジの白い腹へと頭を擦り付けた。


ゾロたちの飼い主が仕事の都合で一ヵ月ほど福岡へ行くことになったとき、その間自分たちを誰に預けるかで実は随分と揉めたらしい。
見事な白黒のコントラストの可愛らしい子猫たちを、つかの間でもいいからと手元に預かりたがる人間が多すぎて、飼い主が誰に頼むと判じかねたのだ。
迷いに迷い、福岡行きの三日前になってようやくこの人なら誰も文句は言うまいと飼い主が白羽の矢を立てたのが、飼い主の一番古くからの友人で、一番頼りになりそうで、一番冷静なロビンだった。
美人で聡明でどこかミステリアスな雰囲気を持つロビンに、女好きなサンジは一目見た瞬間からコロっと懐いて愛想を振りまいていたし、ゾロとても他の人間のように無闇に構おうとせずに適度に放っておいてくれるロビンのことが決して嫌いではなかった。
環境が変わったのでは自分たちが落ち着かないだろうと気を利かせて、わざわざ泊まりこんで自分たちの面倒を見てくれるのも、本当に有り難いことだと思う。
だが、好き嫌いとは別の次元の問題で、ゾロにはこの生活の中でどうしても慣れることの出来ないことが三つだけあった。






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