海賊-

□優しすぎる、嘘に
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頭を撫でてくれていた手が止まったのに気づいて、ゾロは閉じていた眼を開いた。
嗅ぎ慣れた煙草とコロンの匂いからそっと引き離されそうになって、男の顔を見上げる。

「ありゃ、起きてたか」
「…どっか行くのか」
「ん。そろそろお開きっぽいから、後片付けしてこようかと思ってな」

そう言って甲板を見渡す男の眼差しは酷く柔らかで、誘われるようにゾロも眼を細めて周りを見渡した。
はち切れそうに膨らんだ腹に、フォークを握り締めたまま満足そうに顔をニヤけさせて眠る船長。
酔い潰れて鼾をかく狙撃手と、その傍らで鼻ちょうちんを膨らませて可愛らしい寝顔を晒す船医。
いつのまにか女部屋へと下がったらしい航海士と考古学者の姿は見えず、たくさんの空の酒瓶とグラスとソースまで綺麗に舐め取られた皿が積み重なって一所に纏められていた。

「…誕生日なのに、自分で片付けか」
「美味そうに料理食って、楽しそうに騒いで貰えただけで十分すぎる程の祝いだよ。後は、まだ聞いてないあんたからのお祝いの言葉を聞けば完璧」
「……後でな。寝るときに言ってやる」
「くくっ、楽しみにしてる」

囁きながら唇を額に触れ合わせてきた男が、さてと、と立ち上がって軽く肩を回す。
山のように積み重なった皿とグラスを器用に片手に持ちあげる男に小さく溜息をついて、ゾロも皿の周りに寄せられていた空の酒瓶をあるだけ全部腕に抱えた。

「手伝ってくれるんだ?」
「……しょうがねぇ。さっさと片付けねぇと、今日が終わっちまう」

横目にこちらを見ながら嬉しそうに尋ねてくる男に、肩を並べてキッチンへと続く階段を昇りながら、ゾロは肩を竦めてそう答えた。

「げっ、そういやあと十分しか無ぇじゃねぇか。急ぐぞゾロ!」
「っ!?危ねぇ…っ」

懐中時計を見て血相を変えた男が、慌てて酒瓶を持った自分の腕を無造作にぐいっと引いて階段を駆け上がる。
咄嗟に足元を踏み外さぬよう気をつけながら、ゾロは跳ね上がった鼓動に、微かに頬に血を昇らせた。
この細い腕のどこにと思うほどの獰猛な力強さに、自分はいつも驚かされ、戸惑い、慰められる。
引っ張られるまま足を踏み入れたキッチンで、ドアを閉めるや否や、唇を塞がれた。
口付け合ったまま皿を置いて、抱えていた空の酒瓶を取り上げられて、テーブルの上へと押し倒される。
縫いとめるように指を絡ませ、唇を貪られながら、ゾロは潤んで霞んできた眼を動かして壁掛けの時計を見た。

もう、時間が無いというのに。

こいつらしいと笑えるような、じくりとどこかが痛むような不可思議な心地に、ゾロは眼を閉じて小さく瞼を震わせた。
泣きたくもないのに眼の奥が熱を持つ、そんな感覚によく似ていた。
このまま口付けが終わらなかったら、日付の変わる直前、唇をもぎ離してその耳元に囁いてやろうと思った。




ハッピーバースデー・サンジ。
お前は俺の大事な宝物だ、と。















END
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