海賊-

□His mischief that is a foul.
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「なぁ…」

何を思ったか悪戯っぽく至近距離から顔を覗きこんできた男に、ゾロは心持ち空いた右側へと首を仰け反らせた。

「何……」
「あんた、今日が何の日か知ってる?」
「知らねぇ」
「10月31日。ハロウィンの日だよ。キッチンの戸口に、顔を彫った大きなカボチャのランプのようなものがあっただろ?“Jack-o’-lantern”っつーんだけど、あれに火を灯したものを仮装したガキ共が手に提げて、家々の玄関を叩いては“Trick or Treat!”って言ってお菓子をもらうんだ。ハロウィンの晩に、大人も子どもも皆奇抜な仮装をして街を練り歩く姿は壮観だぜ?きっと本物の化物と遭遇したって誰も気づかねぇんじゃねぇかな」
「…見たことあるのか?」
「ガキの頃に何回か、な。って言っても、俺はいつもお菓子を用意する方で、自分がお菓子をなんて貰ったこと一回も無かったけど」

そう答えた男の視線が、テーブルの上に食い散らかされて散らばったままのカラフルなお菓子の包みを捉えた。

「吸血鬼、狼男、魔女…。グロテスクな仮装をした同い年くらいのガキどもが、両手に抱え切れねぇくらいお菓子を抱えて、それでもまだ足りねぇって顔して菓子を強請りに来んだ。ガキどもと顔合わせるのも、“なんでお前は仮装をして、お菓子を貰いに行かないんだ?”って聞かれるのも嫌で、いつも準備手伝うだけ手伝って、後は自分の部屋に篭って窓からパレード見てたな」
「………」
「“Trick or Treat”。“悪戯される?それともお菓子をくれる?”…って意味だよ。ガキの頃は、この言葉聞くのも嫌いだった。言いたくても言えない、口に出しても俺には意味の無い言葉だったから」
「…今は違うのか?」
「今は、甘いお菓子よりも魅力的なモンを知っちまったからね。欲しいモンを欲しいと望んで何が悪いって開き直れるようになってからは、純粋に一つのイベントとして楽しめるようになったよ」
「ふぅん…そりゃ、良かったな」

男の言葉に、ゾロは小さく笑って相槌を打った。
どれほど年月を経ても、嫌な思い出が本当に嫌でなくなることなど、きっと無い。
記憶は薄れ、埋没していったとしても、痛い、苦しい、寂しい、辛いという想いは、澱のように心の底にこびり付き、降り積もっていくものだからだ。
それでも過去の思い出は思い出としてそのままに、寂しい嫌だと思っていたことを、楽しめるようになったというなら。
楽しい嬉しい記憶として、これから先の思い出を作っていけるようになったというのなら、それは酷く幸せなことのようにゾロには思えたのだった。

「ゾロ、Trick or Treat!」

相槌を打った自分を見つめたまま何故か数瞬赤面し、ふいに照れくさそうな笑みを浮かべた男がそう言って自分の方に向かって手を差し出してきた。

「…っ!?俺が菓子なんか持ってるわけ…」

名前を呼ばれて驚いたのもつかの間、伸びてきた腕に肩を押されてぐるりと視界が反転する。
強か床に打ちつけた背に身を捩りながら見上げたランプの灯りが、一瞬網膜を橙色に焼いた。
すぐに乗りあがってきた身体に上から押さえ込まれて、視界が男の笑みと影に遮られる。
自分を見下ろしてくる、その見たことも無いような甘い眼差しに面食らって思わず抵抗も忘れて見つめ返していると、容貌もぼやけるほどに顔を寄せてきた男が耳元にそっと甘く囁いてきた。


「―――お菓子をくれないなら、あんたに悪戯させてもらうよ?」


そんなのは反則だ、ズルイ、と。


文句を言おうと開いたはずの唇は、だが煙草の吐息を感じた瞬間凍りつき、音を紡げないまま塞がれ、潜り込んできた男の舌を深く深く受け入れてしまった。
繰り返し絡め取られ貪られる舌も唇も、どちらも酷く苦いのに、流し込まれる唾液だけは何故だかとびきり甘くて。
気を緩めるとクセになりそうなその味に、そんなところまで反則なのかこの男は、と驚き呆れた心地になる。
あやして甘やかすようなその舌の動きに、裾から潜り込んできて肌を擽る冷たい掌を、拒めなくなる。

ゾロは腹を決めて、押し退けようと動かしかけた腕を男の首に回すと、反則だらけの男からの“悪戯”を大人しくその身に享受した。





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END
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