海賊-

□His mischief that is a foul.
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「本っ当に、頭にくるくらい強情な奴だよな、あんたって」

ふいに、頭上に影が落ちると同時に降ってきた憎々しげな声に、ゾロは一瞬ヒヤリと息を飲んで、目の前にある男の黒い革靴の足元を凝視した。
硬直して上げられなくなった視線の代わりに、鋭敏に澄ませた聴覚が、刺す様に痛い沈黙の空気を感じ取る。
飲んで食べてはしゃいでいたはずのクルーたちの気配は跡形も無く、いつの間にか、キッチンに残っているのは男と自分の二人だけになっていたようだった。

「……いきなり意味わかんねぇ因縁つけてくんな」
「生憎、端から会話する気も考える気も馴れ合う気も無ぇ奴と話そうと思ったら、こういう話し方にしかならねぇんだよ」

煩わしそうにそう吐き捨てて、男が隣へとどかりと腰を下ろしてくる。
傍らからふわりと鼻腔を擽った煙草とコロンの香りに、てっきり「さっさと出て行け」と追い出されるのだと思っていたゾロは、思わず男の横顔を見つめて呟いた。

「…お前、避けてたんじゃねぇの?」
「へぇ、気づいてたんだ?…ってことは、避けられてると気づくくらいには俺のこと意識してくれてたわけだ。そりゃ、光栄」
「………」

揶揄するような言い草に、ゾロは口を噤んで男の横顔から視線を外した。
機嫌が治ったからこいつは自分に近づいて来たわけではない、避ける代わりに今度は詰っていたぶりに来たのだと気づいたからだ。
すっかり掌の内で温まってしまったブラッディメアリーを一口含んで、舌の上で転がす。
もう何も言うまいという自分の意思を感じ取ったものか、焦れたように男がこちらを向き直った。

「言えよ、トリック オア トリートって。そしたらあんたがさっき物欲しそうに見てたプリン、食わせてやるから」

気づいていたのか。ナミの手に渡ったプリンを、自分がずっと見つめていたこと。
眼も合わせなかったくせに、いつの間に見られていたのだろうと少し意外に思いながらも、ゾロは口を噤んだまま黙っていた。
あの最後の一個のプリンがナミの胃袋に収まっていくのを、ゾロは見ていた。
男の言うとおりにしたところで、あのプリンを食べることはもうできない。

「言えってば」

既に言っても何の意味もないと知っている言葉を、言えと苛ただしげに語気強く命じて来る男を睨みつけると、ゾロは酷く投げやりな心地で口を開いた。

「トリ…ト……、ラ……?」

固く跳ねるような響きを辿るように呟いてみても、耳に聞きなれない言葉はそうそうと舌の上をスムーズに転がって出てくるものではない。
つっかえつっかえ言いながらも、段々良くわからなくなってきて男を見ると、拍子抜けしたような顔つきになった男が呆然と呟いた。

「もしかしてあんた、わざと言わないんじゃなくて、言えなかったのか…?」
「…って、知らねぇし…んな言葉、今日初めて聞いた…」

嘘ではない。
実際こんなおかしな呪文のような言葉を聞くのは初めてだったし、たった今口に出してみるまで、自分が言えないなんて気づきもしなかった。

「そっ…か……そうだったんだ…」

呆然と惚けていた頬を見る見るうちに解いて、男が表情を緩ませた。
ついさっきまでとは見違えるほど柔らかくなったその表情に、今度はゾロの方が呆然としてしまう。
何がきっかけかはさっぱりわからないが、どうやら男の機嫌が直ったらしい。




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