海賊-

□His mischief that is a foul.
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そのおかしくもへんてこな呪文を唱えると、とびきりスペシャルで甘いプレゼントが貰えるのだと知ったのは、夜も更けかけた奴のテリトリーの床の上で見上げたランプが、一瞬網膜を橙色に焼いた瞬間のことだった。




【His mischief that is a foul.】




奇怪な人面カボチャ型の南瓜プリン、人型のジンジャークッキー、三色カナッペ、アボカド&サーモンチーズクラッカー。
マーブルチョコバー、ベビーマシュマロ、ポップキャンディー、ゼリービーンズ。
テーブルの上から今にも溢れ零れ落ちそうになっているそれらの菓子たちは、これでもかというほどにキツく着色を施された、最高に身体に悪そうでチープでけれど口に含まずにいられない、胸を擽るとびきり眼に鮮やかな色の坩堝だ。
キッチンの壁際の床に座り込んでブラッディメアリーを舐めながら、ゾロは汗をかき始めたグラスの中のミント水が徐々にその芳香を薄め、誰かが聞きなれない呪文のような言葉を口にする度消えていく菓子の山を不可思議な思いで見つめていた。

「サンジ!トリックオアトリート!」
「はいはい、ハッピーハロウィン…って、お前にはさっき山盛りにくれてやっただろうが。お前の分はもうありませんー」
「まだいっぱい余ってるじゃねぇか、ケチだなー。サンジ、尻の穴が小せぇぞ!」
「…へぇ、そういうこと言うか。余ったプリン食わしてやろうかと思ったけど、お前には絶対やらねぇ」
「げっ、悪かったってサンジ、プリンくれよぅ〜〜」
「あ、サンジ君、そのプリン余ってるの?私に頂戴?」
「はーいナミさん、どうぞどうぞv」

咥え煙草でこめかみに青筋を立てながら、ゴムの腕を伸ばして縋り付いてくるルフィを蹴り離した男が、コロッと満面の笑顔になってナミへとプリンを差し出す。
テーブルの上にはもうプリンは無く、それが最後の一個だったことに気づいて、ゾロはじっとナミの手元のプリンを見つめた。
何とも奇怪でユーモラスな人面カボチャ型のプリンが、三角の眼とつりあがった口で笑っている。
貰い損ねてしまった、と思って、そう言えば自分はテーブルの上に溢れている菓子の内のたった一つすらも口に入れてはいないのだということに、今更ながら気づいた。
一つだけ余っていたプリンは、もしかしたら自分の分だったのかもしれない。
誰がプリンを食べていないかも、誰に菓子をやっていないかも、気づいているくせにあっさりとその分を余りだと他の誰かにあげてしまう男のあからさまな嫌がらせに、ゾロは僅かに眉を顰めた。


昼間、久しぶりにあいつと大喧嘩をやらかした。
いつもの小競り合いのはずが、いつの間にか度を越えて、思い返せば顔を顰めずには居られないような醜い言葉で罵り合って、どちらから先にと言うことも無く本気の拳が出て足が出た。
ナミが仲裁に入る隙も与えないほど、互いに互いの襟首を引きちぎるくらいの力で締め上げ合って、その鼻を食い千切ってやろうかと言わんばかりに壮絶な眼つきで睨み合って、終いには視界から消えろとばかりに顔を背けあった。
喧嘩の理由なんて、実際には青筋を立てたナミに拳骨一つを落とされた後には丸きりわからなくなってしまったくらいに些細なことだったはずなのに、どうしてあの時はあんなにも険悪にならずにいられなかったのだろう。
「てめぇは一体何様だよ。鈍いのも、度を過ぎれば唯のアホか傲慢っつーんだよ、クソッたれ!」と憎悪すら滲ませて吐き捨てた男は、以来一瞥すらも寄越さないという徹底振りで自分の存在を抹消しようとしていた。
誰かに厭われることも、恨まれることも、日常茶飯事だ。
薄汚い憎悪の底に叩き込まれて標的にされ、食い破ろう嬲りつくそうとしてくる暴力の暗さも、それを打破して這いずりあがってくる行為も、骨身に沁みて慣れている。
だが、礫の欠片ほども気にかける価値も無いと斬り捨ててきた劣悪な視線も、仲間だと思っている人間から向けられるのは別だった。
まして同じ室内に居て同じ空気を吸っているのに、端から居ないものとして扱われるのは、正直少し、胸に堪えた。





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