海賊-

□空の切れ間に僕たちは
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高く青い空にかかった薄雲が、珈琲に垂らしたミルクのようにじわりと滲んで流れて行く。
キツ過ぎない陽気に誘われて甲板へと顔を出し、思い思いに過ごしていたクルーたちは皆、水面を滑る穏やかな風を頬に受けながら今ではすっかり夢の中だ。
大の字になって豪快に爆睡しているルフィと、その腹の上で鼻ちょうちんを膨らませながらすやすやと眠るチョッパーを視界に捉えてくすりと笑うと、サンジはジャガイモの皮を剥いていた手を止め、短くなっていた煙草を携帯の灰皿へ捨てて大きくうーんと伸びをした。

「絶好の昼寝日和っていうんだろうな、こういう陽気って…」

果ての無い空を見上げて、俺の眼とこの空とははたしてどちらがより蒼いんだろうなどと詮無いことを考えながら呟くと、背後でしきりに鳴っていたパチンパチンという音がふっと途絶えた。
軽く息を飲む気配がして、触れ合っていた背から温もりが離れていく。

「……?」

怪訝に思って振り返ると、屑入れを抱えて爪切りをしていたはずの背が、身を屈める様に少し丸まった状態で微動だにせず固まっている。
視線を感じているだろうに振り向かないのは、故意かはたまた振り向けないかのどちらかだ。
……後者だよな、この場合。
今日は喧嘩して無ぇし。今の今まで背中預けあって、まったり一緒に日向ぼっこしてたわけだし。
うん、と己を省みて頷くと、サンジは丸まったゾロの背を後ろから包み込むようにゆっくりと抱き締めてみた。    
前に回した腕を腹の辺りで組んで白いシャツの肩へと顎を預けると、接近した耳朶や項の辺りから、日向と潮風の匂いに混じってゾロの匂いがする。
愛しいその柔らかな匂いに、クン、と鼻を利かせながらそっと顔を覗き込むと、ちらりと視線を寄越したゾロが「…痛ぇ」と小さくぼやいて左手の中指を口に含んだ。

「痛ぇって…、もしかして深爪でもしちまった?」

眼の毒な仕草を止めさせるべく、前に回した手でやんわりと口元から指を引き抜きながら尋ねると、大人しく手から力を抜いたゾロがこくんと頷いた。

「…角んとこ切ってたら切り過ぎた」
「おバカ…。あんたは微妙に巻き爪だから、角を少し長めに残して切れっていっつも言ってるでしょ?ああほら、血が出てるし…」

血が滴る程に滲む指先を見て、サンジは眉を顰めた。
深爪になることに気づかずに無理に爪切りを食い込ませてしまったのだろう、深爪し過ぎて肉まで一緒に抉れてしまった爪先が、見るからに痛々しい。
垂れそうな血を舐め取って軽く傷口を吸うと、ヒクリと肩を竦めたゾロが恨めしそうに睨みつけてきた。

「痛ぇって…」
「自業自得です。ったく、こういうことになるかもしれないってわかっていながら、どうして後一歩のところで踏み止まるってことができないんだろうね、このマリモちゃんは」
「マリモって言うな」
「人の忠告も心配も知らん振りしてちっとも聞こうとしねぇんだから、あんたなんかマリモで十分だ」

どうせこいつは。
何度も恩恵に預かっておきながら、何で絆創膏なんてものをわざわざこの自分が携帯してるのかなんて、微塵も疑問にも思いもしないんだろうけれど。
絆創膏を貼ってやりながら何だか無性に腹ただしくなってきてそう吐き捨てれば、萌葱色の後頭部が不満そうにゴンと頭突きを食らわせてきた。




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