海賊-

□ショコラ・リップ・キス
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「……まだ残ってたのかよ」
「くくっ、折角あんたがくれたものだから、俺本当は使わずに大事に取っておきたいくらいだったんだぜ?でもガサガサの唇じゃ、あんたキスさせてくれそうにないから、勿体無いなぁと思いつつ少しでも長く持つように大事に使わせて貰ってるけど」
「でも、去年やった奴だろ?効能とか切れてんじゃねぇの?」
「うーん、リップに使用期限があるなんて聞いたこと無ぇけど…。でもまあ今年は愛しのカワイコちゃんから新しいリップクリームを貰えなかったから、一回でも多くチュウできるように、益々大事に使わねばと気をつけてるトコなんですけどね?」
「うっ…バレンタインを忘れてたのは悪かったって…」

気まずそうに視線を合わせてくるゾロにくすりと笑って、サンジは萌葱色の頭をよしよしと撫でた。

「へこんだけど、別に怒っちゃいねぇよ?バレンタインを忘れ去られたとしても、あんたの気持ちが俺にあるって証が今こうして傍に居てくれることなんだとしたら、それが何より一番大切なことだから」
「……アホ」

密やかな溜息を交えてゾロが悪態をつく。
想いが空回ってしまったかなと苦い笑いが滲みそうになったその時、獰猛な腕にふわりと頭を包まれた。
しなやかに伸びて、強かに包み込む、柔らかな鋼のような抱擁だ。
一瞬詰めた息をゆぅるりと吐き出して、サンジは「温けぇなぁ…」と呟いた。
無言でゾロがわしゃわしゃと頭を撫でてくる。
頭に乗せられたデカイ掌の確かな重さが尊くて、何だかもうそれを感じているだけで、スカスカになりかけていたどこかがとろりと温かなもので満たされていく気がするから不思議だ。
サンジは誘惑に負けて、コテンとゾロの肩に頭を預けてみた。
唇から香る甘い匂いを嗅いでいると、ふっくらとしてちょっぴりセクシーなゾロの唇が媚惑さを増して、「喰え」と誘われているような気がする。
リップで艶めく唇を見上げて、輪郭をなぞるように眼で辿る。
割れた傷口はまだ痛々しいけれど、むしゃぶりついて甘噛みしても、きっとこの唇は柔らかな弾力を持って、やんわりと押し返してくれるのだろう。

「……んな物欲しそうな面して見てねぇで、したいことがあんならすればいい」

見透かしたように眼を細め、リップの味を味わうように唇をぺろりと舐めた舌を口中に引き擦り込んで思う様貪れば、ただでさえ不思議と甘く感じる唾液にショコラリップの甘さが加わって、まるでとびきり珍しくてとびきり美味しいお菓子を口に含んでいるみたいだと思う。
甘いものは苦手なはずなのに、甘露のようなその唇を啄ばんで味合わずにはいられない自分に苦笑する。
唇を重ねれば重ねるほど、口中に広がった甘味は喉元から体内へと流れ込み、いつしか中毒患者のようにそれ無しでは満たされず、貪り尽くすことしか考えられなくなる。
まるで麻薬みたいな唇だ、と思って、そうではない、この男そのものが自分にとっては麻薬であり骨まで犯す毒なのだ、と、体内を廻る熱に犯されてゾロの鎖骨に吸い付きながら思い至った。



「……次の島に着いたら、リップクリーム買ってやる」
「えっ本当?クソ嬉しいんですけどっ」
「くくっ、仕方ねぇからな」
「うわー…それってさ、ゾロも俺といっぱいチュウしたいってことだよな……ああもう俺様感動…っ」
「ん…っ、こら、髪の毛当たって擽ってぇって…」
「へへ。じゃあさ、禁酒が解けるまでの間、唇が乾かないように毎日このリップを塗ってやるよカワイコちゃん」
「塗るだけ?」
「…塗った傍からチュウ攻撃だけどなっ」
「くくっ、受けて立つぜ、クソコック」

サンジはリップクリームを塗り直していた指を止めて、思わずマジマジとゾロを見つめた。
くつくつと可笑しそうに笑いながら浮き立つように好戦的な言葉を零したゾロは、どこまでも清々しく、眩しく眼に映った。
ああそうだ、こいつは恋愛事にはてんで不器用でシャイで口下手だけれど、たまにこうして思いがけない爆弾を落としては、自分のそう強くは無い心臓を激しく揺さぶってくれるのだ。
何の計算も他意も無く零れた言葉は、だからこそ強くてガツンと胸に響いて、愛おしい。
意外なのに妙にこいつらしいその言葉がどれだけ自分を煽るかも知らないで、と呆れ半分どうしようもなく嬉しくて、サンジはリップを塗り終えたばかりの唇に噛みつくように口付けた。


そう、何度でも何度でも。
ショコラの匂いに包まれて、甘いキスを交わしてやろう。
唇の乾く間もないほど貪り合って、溢れた唾液も注ぎ込む。
自分を犯す、甘露のようなこの毒が、同じようにゾロを蝕むように。
愛なんて言葉では括れない、名づけようも無い想いを込めて。


END
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