海賊-

□ショコラ・リップ・キス
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「…誘惑したり無視したりしたのは悪かったけどさ、でも無視した俺にあんたがぶち切れてくれたとき、実は俺すげぇホッとしたんだよね。何でかわかる?」
「…さあな」
「だってさ、俺がこんなに愛情をいっぱい注ぎこんでるって言うのに、あんたは俺に構って貰えなくても平気だよって高を括って賭けを受けやがっただろ。酒が飲めるってことしか頭に無くて、賭けが終わったその後のことなんて、ちっとも考えてみもしないで」
「………」
「…俺が誘惑しても無視しても頓着せずにあんたが賭けに勝つってことは、あんたにとって俺の想いは要らねぇモンなんだって言ってるのと同じなんだ。あんたが要らないって言っても、俺はあんたの傍から絶対に離れてなんかやらないけど……でも、俺を求めてくれないあんたにこうして触れることは、もう二度とできなくなってたと思う。だからあんたが我を忘れて殺気づいた眼で噛み付いてきたとき、そんだけあんたが俺を求めてくれてたんだと思ったら、何だかあのまま昇天しちまいそうなくらいクソ嬉しかったんだ。賭けを受けられたときも、勝負がつくまでの5日間も、マジで生きた心地がしなかったから…」

拗ねたそぶりを見せながら、その実無心にジャレついてくるゾロを眺めていたら、賭けの勝負がついて愛を確かめ合った晩ですらはぐらかして言わずにいた本音が何故だかポロリと口を突いて出た。
この男の一挙一動に気を取られ、煽られ、翻弄されている無様な自分を知られまいと虚勢を張った挙句、あんなに心臓に悪い想いはもう二度としたくないのだと訴えたい気持ちがここに来て猛烈に膨れ、恥じも虚勢も知ったことかと蹴り飛ばして出口を求めて放出したとでも言うような唐突さだった。
口に出して、ああそうだ、自分は知っていて欲しかったのだ、と気づいた。
弱くて狡くて滑稽で、それでもこの男の気も視線も自分に向けさせなければ気が済まず、躍起になっている自分を。
たかが暇つぶしの賭け一つ、この男が絡んだだけで惨めなほどに余裕を失くす、どうしようもないこの狭量さを。
そして、そういう自分を知ってもなお、この男が自分の傍にいてくれるかどうかを、自分はきっと喉から手が出るほど知りたいのだと思った。
訥々と本音を曝け出した自分を、ふいを突かれたような顔でマジマジとゾロが見つめてくる。
サンジは小さく苦笑して、まだ咥えられたままだった指をゾロの口中から抜き出すと、唾液で濡れたその指で割れた傷口を軽くなぞって言った。

「さて、この唇ちゃんをどうにかしねぇとな」

唇を舐める度に身を強張らせるゾロはとても色っぽくて可愛いのだけれど、煽られてもこのままでは口中を深く貪りあうこともできそうにない。
サンジは殆ど自分のためにウーンと唸り、そういえばと思い至って戸棚の引き出しを開いた。
すぐに目当てのものを見つけてゾロの元へ戻ると、手元を見たゾロが怪訝そうに首を傾げた。

「……ハンドクリーム?」
「に見えるだろ?でも実は指で掬ってつけるリップクリームなんだ」

円形の薄くて平べったい容器の蓋を開いて見せた瞬間、ショコラの香りがふわりと辺りに香る。
鼻を利かせたゾロが「美味そうな匂い…」と呟いて眼を輝かせるのを愛しげに見つめて、サンジは茶色いクリームをそっと指先に掬い取って言った。

「口を閉じて…」

促すと、何をしようとしているのか察したらしく、素直にゾロが口を閉じる。
ついでに眼まで瞑って大人しく待っている姿に優しい笑みを誘われて口元を緩めると、サンジは左手の指先で顎を支えて、柔らかな唇にクリームを丁寧に塗り込んでやった。
擽ったそうに笑ったゾロが、きゅっと服の裾を掴んでくる。

「はい、終了。口を開いてもいいぜ、カワイコちゃん」
「ん。なんか美味ぇな、このリップ」
「ふふ、チョコの味がするからショコラリップって言うんだって。これさ、バレンタインの時にナミさんがくれたんだ。チョコフレーバーの煙草とどっちにしようか迷ったけど、身体のこととか考えてこっちにしてくれたんだって」
「へぇ…。折角ナミから貰ったモン、俺に使って良かったのかよ」
「いいんだよ、どうせ自分では使わねぇし、使わなきゃ使わないでナミさんに悪いし」
「使わねぇの?」

服の裾を掴んでいた指先が、そっと薄い自分の口元に触れてくる。
パチリと瞬く睫の長さに見惚れながら、サンジは指を捕らえて軽く口付けた。

「使わねぇよ。俺にはあんたから貰った蜂蜜味のリップクリームがあるからね」

ニッと笑いかけると、薄く頬を染めたゾロがバツが悪そうにそっぽを向いた。




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