海賊-

□ショコラ・リップ・キス
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「……どう?」
「ぅ…い、痛…」
「血ィ止まるまで、もう少し我慢してね…」
「ん……」

眉宇を顰めて小さく頷くゾロの頭をよしよしと撫でて、パックリと割れて血が滲む唇に舌を這わす。
唾液が沁みるのだろう、舌で血を舐め取る度に一瞬ビクンと強張る背をあやすように撫でながらこうして膝をくっつけ合っていると、ドア一つ挟んだ向こう側には潮風も穏やかな昼間の光景が広がっているというのに、つい臍の辺りがむず痒く熱を孕んでくる気配がして、サンジは思わず零しかけた苦笑をそっと噛み殺した。

「…でも珍しいね、いつもふわふわなあんたの唇が、こんな風に割れるなんて」
「お前が酒飲ませてくれねぇからだろ…」
「あんたは飲みすぎ。それに、俺が意地悪してるんでも何でもなくて、あんたがナミさんとの賭けに負けたから禁酒する羽目になっちゃったんでしょ?自業自得だっつーの」

ツン、と唇をつつくと、ムッと拗ねたように唇を尖らせたゾロがパクンと指先に噛み付いてきた。

「…勝った方が良かったかよ」
「いんや。だからいっぱいゾロを誘惑して邪魔させて貰ったんでしょ」
「…やっぱりお前が悪いんじゃねぇか」

ふん、と鼻を鳴らして、咥えた指をカプカプと噛んでくる。
お腹を空かせた子猫がご飯を求めて甘噛みしてきているようでなんだかとてつもなく可愛いけれど、添わされた柔らかな舌で濡れていく指の感触に、また少し臍を焼く熱が上がった気がした。


『勝ったら1週間酒が飲み放題で、負けたら1ヵ月禁酒。』
何でそんな賭けをすることになったかと言えば、1週間前のおやつの時間に1人だけ炙ったマシュマロを浮かべたココアを飲んでいたため、ナミに「真昼間からナチュラルにイチャついてんじゃないわよ」とからかわれたゾロが、「イチャイチャなんてしてねぇだろ、気色悪ィっ」と怒鳴り返したことがそもそものきっかけだった。
照れ隠しと信じつつも、愛しのハニーに「気色悪ィ」と吐き捨てられ、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて視線を送ってきたナミに悪寒を誘われ、絶大なるショックを受けていた自分を嘲笑うかのようにナミが持ちかけてきた賭けの内容は、案の定悲惨なものだった。

曰く、「そう、あんたサンジ君に優しくされると気色悪いの。それって当然、サンジ君にキスされるのも抱き締められるのもエッチするのも嫌ってことよね?でも賭けてもいいけど、サンジ君に構って貰えなくなったらあんた、絶対に心も身体も寂しくて泣いちゃうわ。……アホらしい?なら賭けましょうか。今から1ヶ月の間、あんたはサンジ君に一切甘えたりキスしたりエッチしたりしちゃ駄目よ。気色悪いって言い張るなら、サンジ君からのお誘いを振り切るなんて屁でもないわよね。あたしはあんたが根を上げるほうに賭ける。勝った方は…そうね、1週間お酒飲み放題で、負けた方は1ヶ月禁酒するってことでどうかしら」

つまりは「1ヶ月間禁欲してみろこのバカップル」ということなのだろうが、蜜月並みにラブラブモード驀進中の自分たちに、この賭けを受けても端から勝算などありはしない。
(というか、姿が見えなければつい探してしまうし、傍に居れば居たで触れずにはいられないほど愛しちゃっているこの男にキスはおろか抱き締めることすらできないなんてそんなことが自分に堪えられるわけが無い。)
端から勝負の見えている賭けを持ちかけて自分たちをからかって遊ぼうというナミの魂胆が見え見えなのだが、そんな魂胆は露とも知らず、酒が飲み放題という言葉に見事に釣られたこいつはあっさりと「楽勝だな」と舌舐めずりして宣ったのだった。
その瞬間ナミが浮かべた悪魔のような笑みが忘れられない。
数瞬凍りつき、冗談じゃねぇと我に返って気を奮い立たせた自分は、それから手を変え品を変えして文字通り徹底的にゾロを誘惑した。
但し、昼の間だけ。
夜は一変して話しもせず、近寄りもせず、視界にも入れず、痛む心を抑えつつゾロを無視し続けた。
一晩過ぎ、二晩過ぎ、戸惑って苛立ってやがて憔悴したゾロが、夕食後すぐにキッチンから追い出そうとした自分を引き倒して馬乗りになり、「どういうつもりだ」と人1人射殺せそうな眼で噛み付いてきたのが、賭けを始めてから5日目の晩のことだった。
喧嘩かと眼を見張り、はしゃぎ、呆れるクルーたちを尻目にニヤリとナミがほくそ笑んで居たことは言うまでもあるまい。
翌朝、腰を擦りながら生欠伸を噛み殺したゾロが、「1ヶ月どころか1週間も持たなかったわね」と意地悪げにナミに言われ、ハッと賭けのことを思い出して負けを認めたことで、はた迷惑なナミの暇つぶしは幕を閉じたのだった。



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