海賊-

□しじまを照らす、それは優しい…
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しじまを照らす、それは優しい祈りのように




その声は、低くてちょっと掠れていて。
空気に、この胸に染み入るように響いては、砂地に吸い込まれる水のようにサラリと退いてゆく。
まるで甘露のように甘い夢を引き寄せて、慈雨のようにこの身を包むそれに。
癖になりそうだと密やかに笑って、サンジは眼を閉じた。



いつになく月の冴える宵だった。
凝り固まった首を鳴らしながら白々と光彩を放つ月を仰ぎ、ふと気配に気づいて視線を彷徨わす。
すぐに、酒瓶片手に船縁へと寄りかかり、空とすっかり溶け合ってしまったかのような漆黒の海原を見つめる男の姿を見つけて、サンジはくすりと口元を緩めた。


「…見張り番でも無ぇのに、どうしたのカワイコちゃん。眠れないのなら出血大サービスで王子様が子守唄を歌ってさしあげましょうか?」
「…アホ。不協和音で余計に眠れなくなる」


憎らしくも密やかに小さく笑う身体を背後から包み込むように抱き締めて、温かな項に額を埋める。
柔らかなゾロの匂いが鼻腔を擽って、サンジは不思議と自分の身体から一日の疲れや余分な力が穏やかに退いていくのを感じた。


「…じゃあ、あんたが俺に歌ってよ、子守唄」
「あ?誰が歌うか」
「あのね…俺すっごく今お疲れモードなの。癒されたいの。でもそれを癒せるのはコケティッシュな女の子でもグラマラスなお姉さまでもなく、もちろんふわふわのマスコットキャラでもなくて、別嬪さんでツレなくて、でもとっても可愛い恋人だけなの。だからね、歌ってよ。あんたの歌で俺を慰めて?」
「……お疲れモードじゃなくて、駄々っ子モードだろお前」
「歌ってくれねぇなら明日ストライキ起すぞ。メシも作らねぇし、洗濯もしねぇし、掃除もしねぇし、おやつも作らねぇし、あんたなんか無視だ無視」
「…腹が減ればルフィが騒ぐし、腹減った奴を絶対お前は放っておけねぇし……何より、俺に触れなくて先に根をあげるのはお前だろ?エロコック」


下腹の上で組んだ腕をポンポンと叩かれて。


「あんた大した自信だな、おい」と咄嗟の憎まれ口も出てこないほど図星なのが悔しいような嬉しいような複雑な気分になって、それでもなんとはなしに幸せな気もして、サンジは額を埋めていた項に頬を摺り寄せた。


「……仕方無ぇ奴。歌なんかろくに歌ったことねぇからな、笑ったら叩っ切るぞ」
「…くくっ、了解」


触れ合った布越しに、静かに脈打つ鼓動を感じる。
深く息を吸う気配がして、愛しい声が闇のしじまに歌を紡いだ。



『しあわせなねむりが おまえのまぶたに キスをする


あさが来れば ほほえみがおこしてくれる


おねむり かわいいあまえんぼ 泣くんじゃない


こもり唄を歌ってあげる


ねんねんおころり ねんころり』



その声は、低くてちょっと掠れていて。
空気に、この胸に染み入るように響いては、砂地に吸い込まれる水のようにサラリと退いてゆく。
まるで甘露のように甘い夢を引き寄せて、慈雨のようにこの身を包みこんでくれる。
……歌なんか、ろくに歌ったこと無いって言ってたくせに。
こんなものを聴かされたら、毎晩でも歌ってもらわなければ眠れなくなってしまいそうだ。




『しんぱいは一つもいらない だからおねむり


おまえは大切な子 いつまでも守ってあげる


おねむり かわいいあまえんぼ 泣くんじゃない


こもり唄を歌ってあげる


ねんねんおころり ねんころり』




歌声はつづく。サンジはまるで、宝物が一つ増えたような幸せを覚えて、密やかに笑って眼を閉じた。




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 (子守唄:マザーグース)

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