パラレル-

□アオイロ・コイイロ
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1.


たとえば、若竹を真空状態で真っ二つに割り裂いたような。
そんな鋭い音が、場内の張り詰めて静まった空気をつんざいた。
ジンジンと痺れるような余韻が鼓膜に響いて、こういうとき、普段は意識しもしない、音は空気を震わす振動なんだっていう当たり前のことを実感する。
対峙していた相手が一度も竹刀を振ることなく腰を抜かして倒れ、一呼吸置いて周りからワッと一斉に歓声が上がるのを耳にしながら、ナミは礼をして陣地へと戻る鎮まったままの背中を見つめて眉を顰めると、観客席を立って会場へと急いで駆け降りた。



防具の取り払われた男の顔は、試合開始直後に瞬殺のごとく相手方の大将から勝利をもぎ取っておきながら、周囲の喜びとは裏腹に、見る者の背筋が冷たくなりそうなほど清冽で苛烈で厳しい色を履きながら、奇妙に鎮まり返っていた。
祝いの言葉をかけようにも、これでは無闇に傍へと近づこうものなら、容赦なく視線一つで射殺されそうな気がする。
ナミは、その手負いの獣のように血走った翡翠色の瞳と、余分な肉の無いシャープで滑らかそうなその頬と、口元を覆うタオルを眼を細めて眺め、ややして傍らでやっぱり声をかけられなくて困っているマネージャーに話しかけてみた。

「…いつからああなの、アレ」
「…この大会が始まる少し前からだから、もう二週間くらいずっとあの調子で。鬼のように容赦なく勝つから学校側は喜んでるみたいなんですけど、傍で見てる私たちはいつブチ切れるか倒れるかって気が気じゃないんです。でもどうにかしようにもロロノア自身が誰も近づけようとしないから、手の施しようが無くて…」
「あいつは自分が周りの眼にどういう風に見えてるかはおろか、自分の危なっかしさにも気づいてないんでしょうね……。苦労するわね、たしぎちゃんも」

自分が長期休暇だと遊びまわっている間、二週間もあの空気に付き合っていたのかと思わず同情の眼差しを向けると、たしぎが肩を竦めて「それが仕事ですから」と苦笑した。

「まあ今日で大会も終わりですし、その危なっかしい奴のおかげで優勝もできましたし、部も明日から少し休みが入りますからね。その間に自分で気分転換するなり身体を休めるなりして、休み明けにはあの針の筵みたいな眼を止めてくれることを願ってます」
「…針の筵っていうか、あれは飢えて余裕を無くして血走った獣の眼ね。………たしぎちゃん、あいつの携帯って貴重品袋の中に入ってる?」
「会場入りしてすぐに預かりましたけど、どうしてですか?」

きょとんと見つめてくる眼鏡越しの澄んだ眼を悪戯っぽく見つめ返して、ナミはにんまりと笑った。

「うふん、いいこと思いついちゃった。たしぎちゃんが貴重品袋を私に預けてくれたら、休み明けにはあいつの機嫌がバッチリ直ってる自信があるんだけどなー?」

ナミの言葉に一瞬ギョッと眼を見開いたたしぎだったが、聡い彼女はすぐにナミが何をしようとしているのか悟ったらしく、一つ頷いて顧問の下へ駆けていくと貴重品袋を持ってきてくれた。

「………ロロノアの携帯、どれかわかりますか?」
「うん、バッチリ」
「今から表彰式と閉会式なんで、その間に。私も並ばなくちゃいけないから、用が済んでからでいいんでここで荷物や貴重品を見張っててくれるとありがたいんですけど」
「オッケーオッケー、いってらっしゃーい」
「…よろしくお願いします」

ひらひらとわざとらしいほどの笑顔で手を振ったナミに苦笑を浮かべて、たしぎが整列の始まった集団へと駆けていく。
見れば先ほどまで壁際で張り詰めるような空気を放っていた男の姿もとうに列へと加わっていて、その視線は単に見るものが他に無いというそれだけの理由で壇上の校旗や垂れ幕に注がれている。
壇上に優勝旗が運び込まれても、周りが俄かに羨望の眼差しを送っても、何も見えていないというようにチラとも輝きもしないその眼に「可愛くない」と眉を顰めて毒づいて、ナミは託された貴重品袋の中から男の携帯を素早く取り出した。






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