パラレル-

□不機嫌な猫と姫君
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朝からぐずぐずとした物憂げな天気の日だった。
夕方から細かく降り出した雨は、霧のようにけぶって空気と混ざり合い、髪を、服を、湿らせる。
リビングに入ると、雫の伝う出窓の窓辺りでユキがじっと外を見ていた。
両足をそろえてちょこんと座り、時折思い出したように尻尾を揺らす。
一体何にそんなに気を取られているのか知らないが、主人が帰ってきたというのにチラともこちらを見向きもしないユキの様子に、彼女の中の自分の地位を思って思わず苦笑が零れた。
生まれたばかりで捨てられていたユキを拾ってきたのは、近くに家があるにも拘らずこの家に万年入り浸っているゾロだ。
その普段の仏頂面に似合わずたいそう動物好きなゾロは、その実動物にすこぶるモテる。
一般に『家につく』と言われる猫だが、ユキの中ではゾロは拾って貰った恩も手伝ってえらく特別な存在らしく、その懐きっぷりは半端じゃない。
居心地のいい住まいを提供しているのも美味い餌を用意しているのも自分なのだが、ユキにとっては二の次三の次な認識しかないらしい。
最近はゾロの腹の辺りで丸まって寝るのが彼女のマイブームらしく、二人がイチャイチャしていようが何をしていようが問答無用にベッドの中に潜り込んできてゾロの腹の上に丸まって寝る。
それがまたまるで図ったかのようにいい感じの雰囲気の時に邪魔に入って下さるので、折角隣で眠っているのに触れないという何とも切ない状況にサンジは苛まれていた。
ひでぇなぁと思う。自分だって、ユキのことを可愛がっているつもりなのだけれども。
まだ両の掌に収まるくらいの小さな身体を片手で胸元に掬い上げると、抗議する様にこちらを見上げたユキが不満そうに一声鳴いた。

「…何だよ、今日は日向ぼっこできなくて、つまらなかった?」

尋ねながら顔を寄せると、煙草の匂いを嫌がって、嫌々をするように憤然と前足をつっぱってくる。
口元と頬にぺたぺたと触れる小っちゃくて冷たい肉球が憎らしくも愛らしい。
素直に顔を離すと、服に爪を立てて踏ん張るようによじ登ってきたユキが肩の上に収まった。

……これはなんだ、猫特有の気まぐれかはたまた嫌いじゃありませんよっていうアピールなのか。

ツレナくされた後だからか、ささやかな肩の重みがこそばゆくもなんだか嬉しい。
もぞもぞと身じろぎしながら前へと体勢を入れ替え、そうしてまたじっと窓の外を眺めるユキの視線につられて、サンジも薄暗い外に眼を凝らしてみた。
足早に通り過ぎる人影と水飛沫を跳ね上げてすれ違っていく車に混じって、突然湧き出たように鮮やかな黄色がポンと視界に飛び込んできた。
黄色い、黄色い傘。風車のようにくるくると持ち主の拳の中で回されるそれは、灰鼠色の景色に奇妙に映えた。
ユキの尻尾がパタパタと揺れる。
項に毛がふわふわと触れて、もぞもぞと擽ったい。
黄色い傘が視界消えると同時に、ずり落ちるように肩から降りたユキが猛然と玄関へと走っていった。
マットの上で尻尾を振りながらお行儀よく両足をそろえて待つ姿は、まるで忠誠心の強い犬のようでもあり、新婚ホヤホヤの新妻のようでもある。


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