パラレル-

□そして夜は更け行く
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例えば針の莚を空気にしたらこんな感じではないか、と徐にサンジはため息をついた。
いい加減茹だりそうになって温泉から上がり、ついでに徳利を放そうとしないゾロをも引っ張りあげて、部屋に引き上げてから早1時間。
向かいに座るゾロは、だらしなく頬杖をついてあらぬ方向に顔を向けたまま、チラリともこちらを見ようとはしない。
随分なペースで浴びるように日本酒を胃に流し込んでいたにしては仄かにすら酔っている様子もなく、風呂上りで上気した頬に相反するように、その眼差しは沈んで見えた。

「……そろそろ、寝るか?」
「…寝れば?俺は酒貰ってくる」
「…もう止めとけ。明日、買い物と観光するんだろ?起きられなくなるぞ」
「観光にはお前一人で行けばいい。土産は……適当にその辺で買うから」

頑なに自分を避けようとするゾロに、サンジは眉を顰めた。
明日は晴れていたら展望台に登って景色を眺め、郷土料理に舌鼓を打ち、旅館に帰る道すがら、目に付いた店をひやかしつつ土産を買おうと二人で話していたのに。
そしてそれを、ゾロも自分も、とてもとても楽しみにしていたはずなのに。
それを、あろうことか、一人で行けとは何事か。

「…ゾロ。いい加減にしないと、怒るぞ」

ついいつもの癖を抑えられなかった自分は確かに悪いと思う。反省もしている。
けれど女を口説くのは挨拶みたいなものだし、そのことをゾロもよくわかっているはずで。
恋人同士、折角こうして二人きりで旅行に来たのだから、多少のことには眼を瞑って楽しめばいいものを、とゾロの態度に苛々してくる。
元々、二人揃って短気なのだ。
片方が態度を悪くすれば、もう片方がキレるのも時間の問題で。
今は煙草が吸えないこの現状も災いして、表情も声も、つい険しいものとなってしまう。
唸るように低い声を出した自分に、ゾロが肩をピクリと揺らした。

「…怒れば?そんで先刻の仲居のところにでも転がり込めばいい」
「……それ、本気で言ってんの?」
「………」

そっぽ向いたまま唇を噛み締めるゾロに、重い溜息が零れた。
心にもないことを言って、自分で傷ついてれば世話はない。
煙草を掴んで立ち上がると、ハッとしたようにゾロが見上げてくる。
その瞳が心なしか潤んで見えて、ああクソ、と舌打ちしながら縁側の障子を開く。
冷えた夜気が忍び込んできて、苛々と重苦しかった脳みそが、少しだけクリアーになった気がした。
そのまま縁側のチェアーに腰掛けて、煙草に火をつける。すうっと肺いっぱいに煙を吸い込むと、舌先に感じる苦味に、鬱々とした苛々が収まった。
肺を黒く染め上げて、血流を悪くするだけの行為。
それなのに、まるで細胞が瑞々しく生き返るような気さえするから不思議だ。
少し余裕の出てきた頭で、現状を整理すれば。
あんな憎まれ口を叩く位に、ゾロがヤキモチをやいているということで。
それ位ゾロは、言葉には出さなくても、この二人きりの旅行を楽しみにしていて、事実とても楽しんでいたのかもしれない。

……自分が、いつもの癖を出すまでは。

趣味とか病気みたいなものだとわかっていても、許せないくらいに、傷ついて。
それをわかって欲しくて憎まれ口を叩いて、売り言葉に買い言葉でまた傷ついて。

……最悪だ、本当に。



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