パラレル-
□それがあなたの悪い癖
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遮るものの無い、随分と高い漆黒の空に、青白い月と星が光を放っている。
熱い湯に浸かり、人心地ついてから今更のように空を見上げ、その圧巻の光景に目を見開く。
「うおー、星がスゲエ!」
呆けっと口を開けてサンジが声をあげれば、隣でつられるように空を見上げた男から「本当だ……」と小さな呟きが零れた。
横目でその表情を盗み見て、サンジはニッと笑った。
声を抑えていたって、宝物を見つけた子どもみたいに目を見開いて、ポケッと口を開くその表情が、言葉よりも雄弁にゾロの感じている感動を教えてくれる。
「……見えすぎて、どれがどの星座かわかんねぇなぁ…」
空に視線を戻して呟くと、昼間よりもグッと気温の下がった大気に、白い吐息がはっきりと映った。
「…とりあえず、あれが北極星だろ?」
「え?どれ?」
「あの、月の近くの、すげえ光ってる奴」
「へえ…なんか意外だな、あんたがんなこと知ってるなんて」
ロマンチックな事柄とはおおよそ無縁なはずのこの男が、よくもまあそんなことを覚えていたものだと内心で舌を巻く。
「…うっせぇな…星だけはなんとなく覚えてただけだ」
憮然として表情を曇らせるゾロに、おやおやと苦笑する。
「…北極星の位置はわかるのに、どうして自分の居場所は見失っちまうんだろうね、あんたは…」
言外に迷子めと匂わすと、ゾロの表情がますます剥れた。
その顔には、教えてやらなければよかったと、ありありと書いてある。
サンジはニヤッと笑って、拗ねたように尖った唇に、チョンと小鳥さんキッスをかました。
「!?…テメッ」
一瞬で、ゾロの頬が首まで真っ赤に染まった。
「あら、可愛い反応」
ニッコリと笑いかけると、ゾロが真っ赤な顔のまま、嫌そうな目つきをして思いっきり唇を拭った。
「あ、ひでぇ〜」
「…アホ」
吐き捨てて背を向け、スゥーっと離れたところへ移動していくゾロに、こっそりとため息をつく。
ここはやはりこれしかないかと、岩陰に手を這わせ、目当てのものを引き寄せる。
「ゾ〜ロ、こっち向いて!」
「あ!?」
不機嫌そうに振り向いたゾロの瞳が、手に持ったものに釘付けとなる。
「それ…」
「ああ。あんたこういうの喜びそうだなと思って、頼んどいたんだ」
手元に抱えた桶の中には、まだ湯気を上げる白い徳利とお猪口が入っている。
そっと静かにゾロの傍によると、逃げない代わりにまじまじとこちらを見つめてきた。
「お前って本当…こういうことにはマメっていうか…気が利くな…」
ハァー、と感心したように言われて、笑みが零れる。
「へへっ」
褒めて、褒めて、と締りの無い口元でニマニマ笑うと、でかい掌に犬にするようにワシャワシャと頭を撫でられた。
「…そうだな、これ一人で全部飲ましてくれるんなら、酒の用意頼むついでに仲居の女に携帯番号聞いてたことは、忘れてやるよ」
「…へっ?」
み、見られてたー!
愕然と笑顔を引き攣らせるサンジをちらりと見て、ゾロが薄く笑った。
「…何だ、本気で聞いてやがったのかよ」
呆れたような瞳で見つめられて、漸くカマを掛けられたことを知る。
ただでさえ凍えそうな大気が、氷点下まで下がった気がした。
「…もちろんゾロが本め…」
「酒寄越せ。」
「……はい」
桶を差し出すと、それをひったくるように奪ったゾロが、また背を向けてズゥーっと離れていった。
移動した先で、嬉々として酒を堪能するゾロの笑みに癒されつつ、誘われつつ、されど近寄ることもできずに、サンジは天を仰いで額を覆った。
雪見酒で雰囲気を作って、満点のこの星空の元、今頃はいい感じにイチャついているはずだったのに……。
ああ、俺様のバカ…。
「サンジ!おかわり貰って来い!」
「……はい」
逆らえるはずもなく湯からあがりながら、思うことはただ一つ。
……ああ、失敗した。
後悔先に立たずって言葉がやけに目に沁みた。
END