海賊-

□ストロベリータイム 8/26
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【ストロベリータイム】



酷い、モヤモヤっと重い胸の奥を、さぐるように撫でて咀嚼しようとしたら。
棘だらけのあの植物みたいなトゲトゲしさに覆われたそこは、慰撫の指を拒んで、喉につかえて、うまい具合に飲み込ませない。



シナモンシュガーとバターの溶け込んだこんがり焼けた厚切りのバゲットがやけに甘くて怯みそうになったから、見えない何かに攻撃するみたいに、そんな荒々しさでトマトケチャップと粒粒マスタードとマヨネーズを絵の具みたいに塗りたくる。
混ざり合って赤だか茶色だかよくわからなくなったソースもどきにゲッと唸る声が聞こえてきたけど、気にしない。
粉チーズを山盛りかけてツナとレタスを挟んで、挑むようにかぶりつく。
酸っぱいのと辛いのとマイルドなのがいっぺんにキて、じわっと唾液が口いっぱいに滲み出た。
顎がキュッと窄む。それが妙に面白い。
自己主張の激しい、化学変化でも起しそうな調味料ズの衝撃が和らぐと同時に顔を出した、ツナの風味だとかレタスのシャキッと感だとかが、むやみにやたらと楽しい。
美味しくは決してないはずなのに、やたらと美味しく感じられて、ニヤニヤと笑いながらかぶりついていると、呆れたような仏頂面をした男と眼が合った。

「…美味ぇのか?それ」
「食べてみればわかるわよ」

ニヤニヤしたまま、ん、と口元に差し出せば、仏頂面のままがぶりと潔くかぶりつく。
男の唇の端についたケチャップがやたら鮮やかに紅くて、そんなはずはないのに、まるで完熟のイチゴみたいに甘くてとても美味しそうに見えた。
指先で唇に塗り広げて、ゆっくりと舌先で舐め取って、舌の上でワインを転がすみたいにして味わう。
唾液に溶かして名残惜しく飲み込むと、嚥下した喉が、胸元が、下腹が、熱を灯したように熱くなった気がした。

「んふふ、おいし?」

口に含んだ瞬間、堪えきれずに仏頂面を何とも言えない珍妙な表情に崩していた男が飲み込むのを待って、極上の笑顔で聞いてやる。
男は憮然とこちらを睨んで溜息をつき、グラスの水を飲み干して言った。

「…まあ、食えなくはねぇな。口ン中すげぇことになるけど」
「なんか、いろんな味がいっぺんにわぁって来て、楽しくない?クセになりそうっていうか」
「クセっつーか、舌おかしくなりそうで面白ぇ。けどもういらねぇ」
「これ以上食べさせてあげるなんて誰も言ってませんー。あたし一人で楽しむんだから」

ツンと鼻をそびやかして、バゲットにかぶりつく。
さも美味しそうに咀嚼して、飲み込んで、チラリと横目に男を見れば、伸びてきた獰猛な腕にバゲットを持った手首を捕まえられた。
熱くて厚い、大きくて硬い掌だ。

「…何よ、あげないわよ」

まるで心臓までもわし掴まれたように、馬鹿みたいに速くなる鼓動が悔しくて睨みつけると、

「違う。垂れてる」

呟いた唇が手首の内側に触れ、ぺろりと皮膚を舐められた。
溶けたケチャップもどきが。ツナの油が。バゲットからはみ出たレタスから垂れて、手首を伝う。
その度毛繕いする獣のように丁寧に舌を這わせて舐め取られて、全身が熱を持って粟立つ。
振り払うことも出来なくて、金縛りにでもあったみたいに伏せられた綺麗な睫を茫然と眺めながら固まっていると、男がゆっくりと瞼を開いた。
何もかもを見透かしたように翡翠色の眼を艶然と細め、視線を合わせたまま皮膚にキツく吸い付く。

「…っ!」
「さっきのお返しだ」

ニヤリと笑って男が手首を放す。
数瞬前の空気の色まで変えてしまいそうなほどの濃厚な艶が嘘みたいな悪ガキくさい笑みに、緊張していた全身からどっと力が抜ける。
ついでにあのトゲトゲとした妙な苛々までもが何故かゆるりゆるりと解けて、珈琲の湯気のようにふわりと軽く、ミルクのようにやわらかな甘さで喉元を通り抜けていく。
自分の指さえ拒むだけだった棘だらけのココロが、つるんと丸いホカホカのゆで卵に成り代わってしまったような、その、不思議。

「…甘いわね」
「あ?」
「唇舐めたお返しって言うんなら、やっぱ唇に、でしょ」

ふふんと笑って、ケチャップもどきで汚れた唇を突き出して、さあどうぞと温もりを強請る。

「…アホかお前は」

さも面倒くさそうに呆れたように呟いて、男がテーブルに片肘を付く。

「あんたがヤんないならあたしがするわよ?」
「どうぞご勝手に」


―――その言質取ったり、と、ニヤリと笑って。


その笑みに気づかれる前に、興味無さそうに欠伸を零す男の顎をとらえて柔らかく唇を塞いでやった。







END

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