パラレル-

□それはある日の素敵な接触
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「黒猫さんは、嫌いだからあの人を引っ掻いたわけではないのね……」

血が乾いてこびり付く前に、と布巾に血を拭いつけていると、こちらと向き合うように据わり直したロビンがポツリと呟いた。
斜め上から項の辺りに、何か言いたげな視線をひしひしと感じる。
ゾロは視線の重みに耐え切れなくなって、そろりと顔を上げてロビンを見上げた。
波立たない深海のような、静かな眼だ。

「……あの人の言う様に気長に待っていたら、いつか私にも喉を鳴らして甘えたり、尻尾を振ってくれるときが来るかしら」

逡巡するように眼を伏せて、初めて面と向かって吐露された願いは、猫好きな人間ならば誰しもが自然と望むような、至極些細なことだった。
ゾロは髭を小さく震わせた。
些細だけれど、その願いを実際に叶えようとすることは、酷く難しい。


生まれて間もなくサンジと共に捨てられ、ゴミ捨て場から今の飼い主に拾ってもらうまでの間、黒猫というだけで気味悪がられて陰湿な悪戯の標的にされていたゾロは、強固な忍耐力と俊敏さと一度の攻撃で最大限に相手に致命傷を与える術を知らず学んだけれど、比例するようにこびり付くように身についてしまったのは、強度の人間不信と接触嫌悪だった。
触れられても平気なのは、生まれてから片時も離れずに一緒に居るサンジだけ。
傷を癒そうと舐めてくれるサンジの舌に、大好きだよと囁いて愛情を注ぎ込んでくれるサンジの存在に、どれだけ自分が慰められて救われてきたかわからない。
今の飼い主に拾われて、飼い主の仲間たちと出会って、これでも自分は劇的に変わった。
身体を洗われている間なら、人間に触れられても我慢できるようになった。
なんでもないときでも、五分くらいなら頭を撫でられても耐えられるようになった。
手づから差し出された食べ物を、疑わずに口に入れられるようになった。
与えられる好意を、好意としてちゃんと認識できるようになった。
けれど、泥の底のようなゴミ捨て場から温かい陽の当たる場所へと自分たちを導いてくれた飼い主にでさえ、まだ一度もゾロは喉を鳴らして甘えて見せたことなど無かった。

「…あんたのことは嫌いじゃねぇ。けど、飼い主にもまだしてやれねぇことを、あんたにするのは無理だ」

そう、でもいつか。
超えられずに踏みとどまっている最後の一線を飛び越えて、飼い主に心の底から甘えられるようになったそのときには、叶えてやれるかもしれない。ロビンの願いを。
だからそれまで待ってくれ、と祈りを込めて、ゾロはロビンの指を一度だけそっと舐めた。
息を詰めて、ロビンが眼を見張る。
やがてその顔に、今まで見たことも無いような嬉しそうな笑みがじわりと滲むのを見て、ゾロは知らず、小さく尻尾を振った。

「…ありがとう、黒猫さん」

触れ合うほどに顔を寄せて、ロビンが囁く。
浮き立つような笑みを含んだ声が、耳元に妙にこそばゆかった。






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