海賊-

□その曖昧な距離 
2ページ/5ページ

◇◆◇◆


「サンジ。」
「っ…不意打ちは卑怯だ」

たまにどころか滅多に呼んでもらえない名前を、それも耳元で呼ばれて。
それだけでも鼓動が跳ね上がるには十分だと言うのに、あろう事かゾロの腕がキュッと腰に回った。

「ゾ、ゾロッ??」

背後から抱きつかれて、情けなく声が震えた。

「ん〜?」
「…どしたの?何か、あった?」
「…別に何もねぇよ」

低く、響くゾロの声。
誰よりも、少し高めのゾロの体温。
鼻腔を擽る、ゾロの匂い…。
まるで身体中、骨の髄まで声が、熱が、匂いが浸透していくような、ゾロに浸食されていくような、そんな錯覚に襲われる。
目が眩みそうになって、野菜を切る手を止めた。

「…あんたから俺に触るの、珍しいじゃん?」

ギリギリ、本当にギリギリの理性を総動員して、戯けて見せた俺に、ゾロは鼻白んだように鼻を鳴らした。

「…俺からお前に触んのは、おかしいかよ」
「まさか!全然んなこたねぇよ!!只、珍しくてつい…、」
「…っつーか、何もなきゃ、お前に触っちゃ駄目みてぇな言い方…」
「!違っ!違うってゾロ!スゲエ嬉しいよ〜、もっといっぱい触って?ホラ、もっとこう、ギュッて、ね?」

腰に回っているゾロの腕を、胸元まで引き寄せて抱きしめる。
するとなぜかゾロの腕から力が抜け、ゾロが抱擁を解いてしまった。

「ゾロ…?」

どうして、と振り向いて目を見張る。
鼻先が触れ合うほど間近に、拗ねたような、けれどどこか寂しげなゾロの顔。
いつだって真っ直ぐに見つめてくる瞳が、今は哀しげに逸らされた。

「ゾロ…」

その顔を見てしまえば。抱きしめられて、舞い上がっていたさっきまでの気持ちは跡形もなく萎んでしまう。
なぜゾロがそんな顔をするのかわからなくて、俺を見ないその瞳を見ているのも哀しくて、俺は身体ごと向き直ってゾロを正面から抱きしめた。
首筋に鼻をすり寄せて、ゾロの匂いを鼻腔いっぱいに吸い込む。
胸の奥までゾロで満たされたくて、何度も大きな呼吸を繰り返す。
そうすれば、そうしたら、俺は今より少しは幸せになれる気がしたのだ。
……なのに。ゾロの熱に匂いに満たされていけばいく程、ジワジワとした痛みが胸に広がって。涙が、滲んでくるのだ。
訳もなく不安になって、俺は顔を上げて確かめた。

ゾロ、ゾロ。

俺を見つめるゾロの瞳は、今でもやはり寂しげで。
そしてどこまでも優しくて。
その瞳が、怖いと思った。
駄々を捏ねることを忘れた、物分かりのいい大人か抗うことを諦めたテロリストのようなその瞳が。
唐突に、自分とゾロとの間に横たわる巨大な狭間を見た気がした。

……遠い。

呆然とゾロを見つめて思う。
身体はこんなにも傍にあって触れ合っていても直。
心が、どうしようもなく遠いのだ。
打ちのめされた想いで項垂れたその時、ゾロの腕が、おずおずと背中に回った。温かい掌がぴたりと背中に添えられて、じわりと熱が伝染する。

「…遠い」

不意に耳元で零れた言葉に、ドクンと大きく鼓動が鳴った。
ゾロを抱きしめる腕が震え出す。

「…遠いんだよ、クソコック」
「…、ゾロ」
「…お前が最近俺を見ないから…目も合わせねえし、傍にも来ねぇし…待ってても来てくんねぇし…も、お前…飽きたんじゃねぇかってんな事ばっか…」

ポロポロと。綺麗な翡翠の瞳から、音も無くこぼれ落ちた涙が、触れ合っている俺の頬までも温かく濡らしていく。

「…あ、飽きたんなら、言えよ…でないと俺は…」
「…”俺は”?」
「…死ぬまで…お前を求めちまう…!」

……!

「ゾロは馬鹿だ。」
「なっ…!」

ぎゅうっと、骨が軋む位にキツク抱き寄せる。
ああもう本当に大バカだ、俺もゾロも。



.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ