*素敵頂き物SSのお部屋*

□おとうさんといっしょ
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今年の桜は早咲きである。
数日の雨にも負けず、川沿いの桜は満開となった。
ゾロは風呂敷包み片手に桃色の並木道を歩く。
周囲は花見客で混雑し、辺り一面敷物を広げた人々が飲み食いしている。
カラオケの音も聞こえ、あまり風情あるとは言い切れない。
だが穏やかな気候も合わせてゾロの好きな季節である。
桜ばかり見上げて歩いていたゾロは、ふと我が子が居ないことに気付いた。
いつの間にはぐれたのかとあわてて周囲を見渡すが、小さな金髪は見当たらない。
いよいよ大声を上げようかと思ったゾロに、その声は聞こえた。「おとうさん!」
見れば桜並木の向こうで小さな手が振られている。
明るい金髪の少年に、ゾロはほっと胸をなで下ろした。「どこ行ってた」
「おとうさんのほうが迷子なんだよ!自分でとった場所をどんどん通り過ぎちゃうんだもん」
今年小学校に入学する息子はサンジという。
最近は随分ませてきて、もともと口下手なゾロは口ではなかなかかなわなくなってきた。
「そうか。悪かった」
「もう早くいこう!場所とられちゃうよ!」
「そのためのシートだろう」
「早く!!」この時期この桜並木は花見客で賑わう。
いい場所は前日からシートを広げ、場所取りをしておかなければならないほどだ。
ゾロも妻と子にせがまれ、昨日の仕事帰りにシートを置いて帰ったのである。
「あそこ!」
サンジが指差す先には青地にピンクの魚模様のシート。
混雑した花見場所のなかでも目立つそれは、サンジが幼稚園のときに遣っていたものだ。
二人は小さめのシートの上に座った。「おべんとう!」
「ん」
ゾロは風呂敷を広げ、仲の重箱を開けた。
「わー!おいしそう!」
赤飯とわかめのおにぎり。
黄色の出汁巻き卵はゾロの、ピーマンの肉詰めはサンジの好物だ。
ウエットテッシュで手を拭き、サンジは両手を合わせた。
「いただきます」
いつも美味しい母の料理だが、こうやって違う場所で食べると益々美味しく感じる。
「おかあさん早くこないかなあ」
「じいさんの送りがさっき終ったから、もうすぐ来るって」
「え!なんで!おとうさんしってるの?」
「さっき携帯にメールきた」
「わー!ずるい!ぼくもみたい!」
ゾロがポケットから携帯を取りだすと、サンジは急いで携帯を開いた。
携帯の扱いならゾロよりも上手いのである。
「読めねえだろ」
「よめるもん。ひらがなと、かたかな!」
サンジはじっと携帯画面を見つめ、わずかな手がかりで文章を読み取ろうと一生懸命だ。
だがやはりひらがなとかなかなだけでは限界が有る。
「う〜〜」
やがて涙目になった息子の手から携帯を取り、ゾロは微笑む。「今おじいさんを空港へ送ってきました。すぐそっちへ行きます。乾杯するからお父さんは飲まないで待ってること。だって」
「それだけ?」
「ああ」
「ぼくのこと書いてない!」
「そうだな」
「う〜〜〜〜」
サンジは青い母似の目をうるませて父を見上げる。
「ずるい!おとうさんばっか!」
「何が」
「ぼくもけいたいほしい!」
「大人になったらな」
「ほしい!」
「お母さんに頼んでみな」
「うう…」
途端にサンジは弱気な声を出した。
父より母のほうがずっと手ごわいのである。
お強請りなど母には通用した例が無い。

「弁当、食わねえのか?」
「…たべる」
サンジはもそもそとピーマンの肉詰めをほおばる。
それはやっぱり美味しいのだ。「来たみてえだ」
「おかあさん?」
サンジは父の視線の先に母を見つけ、大きく手を振った。
「おかあさん!!」
そして大きく呼んだ。憂いの欠片もない、笑顔で。




end

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