エピソードまとめ

□アナマリア・マルシュナー
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ep.1 籠を飛び立つ鳥
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ジルドラ帝国の帝城ガルデンブルク。
その城の玉座に、黒髪の混じった長い白髪の男が座っていた。


「速やかにアナマリアを殺せ」

男の言葉に、傍に控えていた兵は頷いて走り出した。


「皇帝の一人娘、アナマリア。生かしてはおけない」


そんなふうに言われているとはつゆ知らず。
標的にされたブルーグリーンの長髪の少女は、自身の屋敷のベンチに座ってのんびり読書をしているのだった。



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【CHAPTER1 お嬢様の憂鬱】
999Y.C. ジルドラ帝国 アナマリア皇女邸

「さて、姫様準備はよろしいですかな?」

帝国兵の鎧を着た男が、少女──アナマリアにそう尋ねた。

「ええ。もちろんですわ」

「それでは……、実践演習と参りましょう」

そう言って兵士は剣を、アナマリアは刀を抜くのだった。

「では、今日のおさらいです。私との実戦演習でこの動きを確認して下さい。最適な動きを体に染み込ませ、意識せずともその動きが
できるようになるよう、練習あるのみです」

「はい」

アナマリアは力強く頷き、兵士に刀を打ち込んだ。


「よろしい。そこまで」

そう言って兵士は剣を収めた。

「時間ですな。今日のところはここまでにしましょう」

「はい。ご指導ありがとうですわ」

「……僭越ながら姫様の剣はまだ未熟。ですが筋は良いものをお持ちです。実際に戦う機会などないかと存じますが、どうか精進なさって下さい」

「ええ。頑張りますわ」

「さて、今日このあとのご予定は……おっと3分後には礼法の授業ですな。もう先生も待機なさっていることでしょう。食堂へお急ぎ下さい」

「わかりましたわ」

頷いて、アナマリアは演習場から屋敷の方へと向かって歩いた。

「姫様、お帰りなさいませ」

屋敷の入口に立った兵が頭を下げる中、少女は建物の中に入る。

「右の方からなんだかいい香りがしますわ。この香りは食堂からですわね。……剣の練習でお腹は空いていますが、礼法のお稽古と思うと気が重くなりますわね……。はあ……。食事くらい自由にさせてほしいですわ……」

ため息を吐きながらアナマリアは食堂への廊下に出た。

「まあ姫様、ごきげんよう。剣技のお稽古は終わりましたの?」

廊下にいた女性が話しかけてきた。

「はい、先ほど」

「そうですか。それはお疲れさまでした。では明日は私とダンスのお稽古ですね。あ、でもその前に……。紅茶の淹れ方のお稽古、姿勢やお化粧のお稽古、それに語学と社会の座学もありましたわね。明日、お会いできるのを楽しみにしていますわ」

「わ、わたくしもですわ……」

少し顔を引き攣りながらもアナマリアはそう答え、足早に食堂へと移動した。










長いテーブルの端に座り、アナマリアは右手にナイフ、左手にフォークを持ち、それらを使って目の前に出された料理を口に運んだ。

肉に軽くフォークを当て、ナイフで切る際に、カチンと、ナイフと食器がぶつかる音が鳴った。

「音を立ててはなりません。減点です」

後ろに控えた中年女性が、厳しい口調でそう告げるとアナマリアは、びくっと身を固まらせた。

「はい。申し訳ありませんわ」

そうして軽く頭を下げ、また食事を続けた。

食べ終わると、アナマリアと同じブルーグリーンの髪色のおカッパヘアーの中性的な子供が、料理の無くなった食器を下げ、代わりに目の前にティーカップを置いた。

アナマリアはカップの取っ手を掴み、口に運んだ。

「よろしいでしょう。合格点です」

アナマリアがホッと胸を撫で下ろす。

「ですが、満点ではありません。指先の動きまで意識して、常に優雅であれと思いなさい」

「はい」

アナマリアは持っていたカップをソーサーの上にそっと置いて、先生を見上げた。

「今日のところはこれまで。明日は午後からダンスの練習です。では、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

先生は優雅にお辞儀をした後、部屋を出ていった。

完全に先生が部屋を出ていったのを見届けて、アナマリアは、はあ……と大きなため息を吐きながらその身をだらりと椅子の背もたれに預けた。

「息がつまりますわ」

「お疲れ様です。お嬢様」

先程の子供が、彼女の傍に寄ってにこやかに笑った。

「本当に疲れましたわ。ご飯はおいしく食べるものって、本には書いてありましたのに。味わってる余裕がありませんわ」

「お嬢様が立派になるためですよ」

「と言っても披露する場所が、ないじゃありませんの!」

「この屋敷から出ませんものね」

「本に書いてある華やかなパーティーとかに呼ばれれば、わたくしだってこの美貌と洗練された所作で、殿方をバッタバッタとなぎ倒してみせますのに!」

「さすがお嬢様!ですが、その時は……ボクがお嬢様より先に男どもを滅殺するので、ご安心下さい」

「頼もしいわ!」

「あ、本で思い出しました。博士が来てるようですが、お会いになりますか?」

「まあ、それを早く言ってちょうだい!」

そう言ってアナマリアは立ち上がった。

「もちろん会いますわ!」

「ではガゼボに向かいましょう。お嬢様、ガゼボへの行き方はわかりますよね?」

「もちろんですわ!でも……ガゼボってなんでしたかしら?」

「お嬢様でもうっかり忘れることがあるんですね。庭の奥に建っている休憩所みたいな建物です」

「そうですわ!思い出しました!生まれてからほとんど屋敷の外に出たことがないんですもの。サロンから庭へ出てガゼボへ行くくらい目を瞑っててもできますわ」

そう言って彼女が歩き出せば、従者であるその子供は数を後ろを付いてきて、2人はまず、庭へと向かうのであった。

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〔屋敷内会話 シェフ〕※レバーシュペッツレのチーズソースのレシピ
「これは姫様。今日の料理は、お気に召していただけましたか?」

「……ええ。とてもおいしかったですわよ。いつもありがとうですわ」

「それを聞いて安心いたしました。今日のレバーシュペッツレは、とっておきの卵とチーズを使用した自信作でしたので、そう仰っていただけると私どもも幸せにございます」

「……お稽古のせいで味がしなかったなんて、言えないですわね………。次に食べる機会があれば、しっかり味わいたいですわ」
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