エピソードまとめ
□アナマリア・マルシュナー
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ep.1 籠を飛び立つ鳥
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〔屋敷内会話 サロンにいる下女〕
「お部屋のお掃除はもう終わったんですの?」
「ええ。今日も隅々まで清掃させていただきました。シーツやベッドカバーも肌触りのいい、ハイガルデン産のものをお掛けしております」
「ハイガルデン……。この屋敷がある場所のことですわよね。……ねえ、この屋敷の外にはなにがあるんですの?シーツやカバーを作っているところはどんな……」
「ひ、姫様。私はまだ仕事中ですので………」
「……あ、申し訳ありませんわ。では今度、博士に聞いてみることにします!」
「え、ええ。それがいいと思います」
〔屋敷内会話 庭に居る下女〕
「姫様、この先のガゼボに向かわれるのですか?」
「ええ。博士に会いに行くんですの」
「そうなのですね。必要でしたらお茶をお持ちしますので、お申し付け下さい」
「お茶ですか……。わたくしは大丈夫ですが、博士が欲しがるかしら?」
「お嬢様がいらないのなら必要ないでしょう。もし欲しがったらガゼボの近くの池の水でも与えておきましょう」
「博士は自然がお好きですものね!ってことでお茶は大丈夫ですわ」
「そ、そうですか……」
〔屋敷内会話 庭師〕
「ここはいつも綺麗に整えられてますわね」
「そうだろう?無駄に広い庭だからな。庭師としてはやりがいがあるんだが、この時期はどうにも剪定が面倒で……って。ひ、姫様っ!?あ、あの今のは言葉のあやでして……、お・・・お父様にはご内密にお願いします!」
「そんなに焦らなくても言いつけたりしませんわ。……そもそも、話す機会もありませんもの」
〔屋敷内会話 庭にいる使用人カップル〕
「ああ、屋敷の仕事で君に会えない時間がつらいよ」
「私もよ。でも……こうしてあなたと秘密の場所で会うことが、一日の中でなによりも幸せなの」
「……なるほど。これが本で読んだ逢い引きというものなのですわね」
「ひ……姫様っ!?」
「それで、このあとはどうするんですの?感情を高めあった二人は、ぎゅっと熱い抱擁を交わすのでしょうか!?」
「い、いえ、そのっ、私達は……」
「あ……。申し訳ありませんわ。わたくしのことはお気になさらず愛を深めて下さいませ!」
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アナマリアは使用人の様子を見ながら、庭を進み、中央にある大きな鳥かご籠のような建物の元へ向かった。
「ガゼボに着きましたわ!」
「お見事です、お嬢様!」
アナマリアをお伊達ながら、従者の子供はガゼボへと扉を開けて少女を中へ通した。
ガゼボの中にある白いテーブルの前に、長い前髪をセンターで分け、グレーの髪を後ろに束ねた、メガネをかけた年老いた男性が立っていた。
「おお、姫様、ごきげんよう。シャルルも息災か」
男性はアナマリアに挨拶をした後、従者の子供にもそう言って声をかけた。
「博士の目は節穴ですか?弱っているように見えます?」
「こら、シャルル。博士に失礼でしてよ?」
「身内への挨拶のようなものです」
「……絶好調のようだね」
博士はにこやかにそう言って、アナマリアの方へ向き直した。
「さて。では今日も姫様に本を差し上げましょう」
そう言って、博士は1冊の本をアナマリアに向けて差し出した。
「源獣ボザークの言葉から生まれた、マイシュのことわざ集です」
「まあ!読むのが楽しみですわ」
アナマリアは顔をキラキラとさせて、博士の手から本を受け取った。
「それに、マイシュ地方……。いつか行ってみたい場所の一つですの……」
「……姫様もいつか、屋敷の外を見る時が来ますよ。……いえ。私が必ず姫様を外に連れ出します。その時はマイシュだけでなく、世界中をご案内しますよ」
「まあ……。楽しみにしておりますわ」
「では、私はそろそろ仕事に戻りますかな」
「僕達も暗くなる前に部屋に戻りましょう」
「ええ。そうですわね」
アナマリアはシャルルの言葉に頷いて、部屋に戻った。
自室へ戻ったアナマリアは、ふーんふふふ〜んと、鼻歌を歌いながら本のページをめくった。
「"鼻を通る息吹こそ生きる証"……」
「……聞いただけでは意味がわかりませんね」
アナマリアの傍に控えたシャルルは首を傾げる。
「臭くても我慢しろと言う意味らしいですわ!」
「なんて理不尽な!?」
シャルルが驚けば、アナマリアはくすっと小さく笑った。
「でも、かっこいいですわ!」
「かっこいいんですか、それ?」
分からない、とシャルルはアナマリアを見つめた。
「自分が語った言葉が、ことわざとして浸透するなんて、かっこいいではありませんか!」
興奮した様子でそう言って、アナマリアは両手を表紙と背表紙に合わせ、パタンと本を閉じた。
「いつか、わたくしも、後世に残るような名言を言ってみたいものですわ!」
「お嬢様がそういうのなら、そんな気がしてきました!」
「ふあああ……」
アナマリアは欠伸を噛み殺しながら立ち上がった。
「今日はもう休みましょう。今ならいい夢が見られる気がしますわ」
「そうですね。おやすみなさい、お嬢様」
ベッドへと向かうアナマリアにシャルルは腰を曲げて礼をした。
そうしてシャルルが顔を上げた瞬間、ドコンという大きな音と共に、屋敷全体が大きく揺れた。
「なんですの!?」
驚きのあまり、アナマリアの眠気は一気に覚める。
「シャルル!何事なの?」
「わかりません!」
困惑する2人の耳に、タッタッタッと外から駆け寄ってくる足音が聞こえ、それから直ぐに勢いよく扉が開かれた。
「姫様!無事ですか!?」
部屋に飛び込んできたのは博士だった。
「博士!?」
「すぐに、窓から外に逃げてください!」
「わ……、わかりましたわ!」
博士の慌てた様子からただ事ではない、と察したアナマリアは素直に頷いたのだった。