エピソードまとめ
□リディ・ドラクロワ
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ep.1 天災となる天才
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少女は居住区から北西へと続く門を開け、更に先へと進む。
「ここからしばらくは誰の手も借りられないし、子どもだなんて言い訳も通じない。どんな体格差の相手でも戦い抜かないと、死ぬか……あの男に連れ戻される。……"仮説"を証明する前に」
少女の顔に影が落ちる。
「あたしは間違ってない。何度も計算したもの。あの部屋……いや。あんなの部屋なんて呼べない。ただの薄暗い倉庫」
「そう。そこであたしはずっと生きてきた。本の中だけが、あたしの世界……。……でも、そんな生活ももう終わり。長い軟禁生活で辿り着いた仮説の大前提……。まずは獣の元へ行ってそれを確かめる。それが正しければあたしの旅が始まる。……この国を。あの男の手の中を、出て」
少女は道中の獣を何とか掻い潜りながら、街の奥地へたどり着いた。
そこから、大きな魚の像のように見える、源獣─太魚サンカラを見上げた。
ぴよん、という音が少女の白衣のポケットから鳴った。
「っ!」
彼女はポケットから、何かの装置を取り出した。
「やっぱり……間違いない。あたしの仮説は正しかった。生きてる」
目の前の太魚サンカラは石像のように見えるし、動かないのに、少女はそう呟いた。
「でもこの数値。予測された過去の数値よりも、明らかに低い……。減少値……。比例して減少してる?」
少女は顎に手を置き考える。
「それとも加速度的に大きくなってる?どちらにせよ限界は……。いえ、もしかしたら、もう……。過去のデータがないのが痛い……それがあればもっと…………」
「お嬢ちゃん!」
少女の後ろから男がそう呼びかけた。
「っ!?」
振り返れば武器を持った怪しい男達が少女の後ろを囲っていた。
「いい身なりしてるねー。お嬢ちゃん、お金持ちっしょ?」
どうやら盗賊のようだ。
「……だったら?」
「抵抗せず身ぐるみ全部置いてってくれりゃ、それ以上は勘弁してやるぜー?俺ガキには興味ねーし」
「む!」
少し苛立ちを顕にして、少女は銃口を野盗達へ向けるのだった。
「天誅」
最後の1人を撃ち抜いて、少女はそう言った。
「……ふう。嫌な国。犯罪は多いし暑いし。なによりあの男が牛耳ってる」
むすっとした様子で少女は呟く。
「仮説の検証も終わった。……こんな国にもう用はない」
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時が少し過ぎ。
少女は本の山の中に埋もれ、何やらゴソゴソと漁っていた。
「本類はやめておこう」
ぽんぽんと表紙を撫でてホコリを払う。
「かさばるし、なにより重いし。それにあたしは天才だから、一度読んだ本の内容はわすれないもの」
ポイと持っていた本を後ろに投げた。
それからゴソゴソと上の方を漁って小さな容器を手に取った。
「特製栄養保存食。これで成長間違いなし……!」
極彩色のソレを少女は、カバンに詰めた。
「あとは……」
今度はゴソゴソと銃を弄る。
「これで、よし!」
銃を手に取り立ち上がる。
「天才作。複数の弾を使えるリタクター。弾の種類は、状況を見て使い分けましょう」
そう言って少女は、自分の部屋である倉庫の扉を開き、光の射す外の世界へ踏み出した。
「……よし」
庭にある、藁でできた練習用の的に少女は銃口を向けた。
【CHAPTER2 武装】
999Y.C. ハザール商盟領 ドラクロワ邸
「弾種の切り替えは使う弾を選ぶだけ。種類が増えてもこれで全部対応できる。さすがあたし天才的な操作性ね」
藁人形の的で試し打ちを済ませたあと、少女は庭から続く建物の中に足を踏み入れた。
「相変わらず広い家。……中にはなにもないのに」
渡り廊下を進み、家のロビーへ出る。
そこから正面のドアへと少女は足を進める。
「どこへ行く気だ?」
後ろからそう声を掛けられ、少女は足を止めた。
「親への口の利き方も忘れたと見える。これだから出来損ないは……」
少女の後ろにある正面階段の前。そこには金ピカの装飾の付いた派手な格好をした小太りの中年男性がいた。
「出来損ないじゃない!」
怒ったようにそう言って、少女は後ろを振り返った。
「お前は私にとって益にならない。だが、手元に置いておいても害にしかならないときた。これを出来損ないと言ってなにが悪い?」
下卑た声で男はそう言って少女を見据えた。
「しかし、そんな物でも欲する好事家はいるらしい。喜べ。お前の買い手が決まったぞ」
その言葉に少女は驚いたように目を見開く。
「なんだ、その反応は?知っていたんじゃないのか?連邦暗部のお友達からの手紙で」
「っ!?」
「気づいてないとでも思っていたのか?それとも、この期に及んで、私の情にでも期待していたか?」
「そんなこと、ない……!」
「ふ……。まあ期待しても無駄だ。変態の慰み物になろうが、人体実験の被検体にされようが、お前が売られた後のことなど知らん」
「……親だからって、なにをしても許されるとでも?」
少女はギュッと拳を握る。
「はっ、馬鹿言え。そんな理由じゃない。勝手が許されるのは、私が私だからさ。根拠のない下らん理由に私を押し込めるな。不愉快だ」
「……だったら」
少女は銃を男に向ける。
「あたしも勝手が許されるように、掴み取ってみせる!」
「はっ!やってみるといい」
そう言って男は少女から背を向ける。
「できるのであればな」
階段を登る男を見て、少女は銃を下げた。
「あいつにできることができないわけがない。だってあたしは天才だもの」
少女は向きを変え、扉へ走った。
扉を押し上げ庭に出れば、男の手の者達が大勢待ち構えていた。
「……数が多いわね。こういう時はマルチショットで……!どんなに敵がいても一気に吹き飛ばす!」
少女は、手にした銃の弾を装填し変えた。
その後ろで、文字通りの高みの見物で男ら庭の様子を見つめる。
「出来損ないが最後まで手間を掛けさせてくれる。せっかく調整に調整を重ねて、連邦にもあの組織にも角が立たん、いい売り先を見つけたというのに」
「どこまでも勝手なことを……!」
「お前は商品だ。引き渡すまで雑に扱いたくはないが、出ていったあとのことは知らん。せいぜい私の迷惑にならんよう野垂れ死ね」
「っ……!」
少女は震える手で銃弾を放ち、男の手の者達を撃ち抜いて行く。
「この一発はとても貴重。本当はあまり使いたくないけどしょうがない。……ロック!」
少女は、正面の門へ向かって銃口を向けた。
「標的補足装置起動」
そう言って引き金を引いた。
銃口から打ち出した弾が門に当たると、そこへ、ちゅどん、と光の柱が降ってきて、門を破壊した。
「よし!このまま抜ける!」
少女は駆け出して、壊れた門の隙間を縫って、屋敷を飛び出した。
「ほう。あんなものまで作っていたか。まったく。あんな出来損ない一人捕まえられんとは。この街からあれを出すな」
「は、はい……」
傍にいた男が震え声で返事をした。
「ふん。連邦も、あの組織も、物好きだな。あんな"災いそのもの"を欲しがるなんて」