エピソードまとめ
□ガスパル・エルベ
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ep.1 国家の犬
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「材料はこれでいいのか?」
パン屋に戻ってガスパルはライザーに持って帰った材料を渡した。
「随分と早いじゃないか。それに運搬も丁寧だ。意外なほどに仕事の手際がいいな。あんた……なんで無職だったんだ?」
「……まあ、色々ありまして」
「で、次はなにをしたらいい?」
「そうだな。じゃあ、配送をお願いしようか」
「もしかして砦に……」
「いや、村の人達に」
「……ですよねー」
「配って欲しいのは全部で5件。いけるかい?」
「ああ、もちろんだ。じゃ、行ってくる」
そう言ってガスパルはパン屋を出た。
「今度は配送か……この数だと村をぐるっと 回ることになりそうだな」
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〔パンの配送 おばあさん〕
「おやおや、ガスパルさんパンの配達かい?じゃあ、私が頼んだ物もあるかな」
「ああ、確か……コッペパンですね」
「おおお、それだよ。ありがとう。いつも美味しいパンをありがとうって、ライザーさんに伝えておいておくれ」
「もちろんです!ありがとうございます」
「残り四つか……なかなか骨が折れそうだなこりゃ」
〔パンの配送 小太りの男性〕
「こんにちはー」
「あっ、もしかして配達ですか?ありがとうございます!初日にしてはいい働きっぷりですね」
「ははっ、そうでしょ?ライザーさんには店に集中してもらって、面倒な仕事は俺に任せて欲しいんだけどね。……例えば砦への配達とかもさ」
「うーん、それは難しそうですね。やっぱり軍の拠点だけあって警備が厳しいって聞きますよ。だからライザーさん以外の 配達は原則認めてないとか。なにかよっぽど、事情があれば許してもらえるかもしれませんけど」
「……なるほどね」
「よし、次で折り返しか。あと三つ……さっさと終わらせるぞ」
〔パンの配送 おじさん〕
「まいど」
「おっ、やってるなガスパル。なかなかサマになってるじゃねえか」
「アンタがライザーさんに口を利いてくれたおかげだよ」
「まあ、俺はただ話をしただけだ。このあとはアンタ次第だからな。嫌になって逃げ出したりしてくれるなよ?紹介した俺の顔に傷が付いちまうからな!」
「……ああ。もちろんだよ」
「んじゃ、配達のパンはありがたくもらっていくぜ!」
「あと二つ……。これだけ働きゃ、無職の汚名も返上できそうだな」
〔パンの配送 女の子〕
「あ、無職のガスパル。本当にパン屋さんになってる!」
「ああ、そうだ!ということはだ、俺はもう "無職のガスパル"じゃないってことだ」
「そっかー。パン屋のガスパルになったんだね。じゃあ、頼んでたクロワッサンちょうだい!」
「はいよ、毎度あり」
「よし、次で最後だ。この手際の良ささすがは俺だな」
〔パンの配送 女性〕
「あら、もしかしてパンの?」
「ええ。ライザーベーカリーの配達です」
「ありがとう。でも……本当にライザーさんのとこで働くことになったのね」
「はは……やっぱ、みんな知ってるんですね……」
「さて、配達はこれで終わりかな。……おつかいばっかりだけどまあ仕方ない。これも大事な"調理工程"ってね……。……そんじゃそろそろカールと話して"仕上げ"に入ってくとしますか」
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ガスパルはパン屋の前に戻り、カールに声をかけた。
「あ、ガスパルさん」
「よう、カール」
「お父さんの様子どうだった?」
「……残念ながら今のところ命日の話は出てないな」
「……そっか。じゃあ、今年もやっぱり……でも仕方ないよね……お父さん忙しいから……」
「……なあ、カール。大事な人への大事な気持ちはきちんと口にした方がいい。致命的な後悔をする前にな。……母親を失ったことのあるお前になら、わかるだろ?」
「ガスパルさん…………うん。そうだよね……。ボク、お父さんに話してみるよ」
「いい子だ。お前は強いなカール。………昔の俺と違って」
ガスパルは顔を逸らしてボソリと呟く。
「ガスパルさん?」
「……なんでもないさ」
そう言ってガスパルは、カールのことを応援してると告げその場を離れた。
物陰に隠れて、カールがライザーに話しかけるのを待つ。
少し待てば、砦へ持っていくパンを荷台に積むためライザーが店から出てきた。
「……お父さん」
そんな父の背中にカールは声をかけた。
「なんだ、どうした?今日はうちを手伝わなくても……」
「お父さんが、お母さんの命日を忘れてるから!」
カールは声を張り上げた。
ライザーは仕事の手を止め、カールの傍に寄った。
「カール……。そうか……悪かったな。でも、父さんな、忘れてたわけじゃないんだ」
「え?」
「命日を二人で過ごすと、いつもお前、すごく寂しそうにするだろう?だから、命日がお前を縛るくらいなら、俺だけで……と思ったんだが、逆に寂しい思いをさせてしまっていたとは本当にすまなかった」
「お父さん……。ううん、ボクこそごめん」
そして、ここだと言わんばかりにガスパルは2人の前に出た。
「そういうことでしたらライザーさん。今日は改めてカールくんと、命日を"明るく"過ごしたらいかがです?」
「いや、俺もそうしたいのは山々だが、砦への配送がな……」
「そんなの、俺に任せてくださいよ」
「い、いや、しかし……」
「お父さん………」
じっと、カールがライザーを見上げる。
「……そうだな。わかった。頼めるかな、ガスパル」
「ええ、もちろん。お任せ下さい」
そう言ってガスパルは、ほくそ笑んだ。