エピソードまとめ

□アウグスト・ヴァレンシュタイン
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ep.2 絶望の種
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「まったく……この土地の気候は気分屋ですね……」

嵐の中、庭から林檎園に入ると直ぐにヒラヒラと飛ぶネットがみえた。

「やはりネットが飛んでますか……急いで張り直さなければ。きちんと張っておかないと、林檎がすべてダメになってしまいますからね」

飛んでいたネットを捕まえて、支柱にしっかりと結び直す。

「よし次のネットへ向かいましょう」


奥へ行けばもう2つほどネットが飛んでいるのが見えた。

「暴風対策のための物が、暴風によって外れてしまっては世話ないですね」

そう愚痴りながら、ネットを結び直す。

「さあ……あと一ヶ所ですかね」

先に見えているもう1つの飛んでるネットを手に取る。

「一つ一つが大切な我が子のようでもあり、大切な商品でもありますからね。これで大丈夫でしょうベルティーナに報告を……」

結び直した後、立ち上がり家の方へ向かって歩き出すと、砂嵐の中に人影が見えた。

「っと、あれは……」

嵐の中から近づいてきたのはベルティーナだった。

「貴女も来たのですか?」

「ええ、やっぱり大丈夫か気になったから。でも、なんとか守り切れたようね」

「……そうですね。ただ……やはり、ここでの林檎栽培は、もう難しいのでしょうか……」

「なに言ってるのよ。昔は評判の林檎だったんでしょ?」

「祖父の代までの話です。今やすっかり土地も痩せ……」

「それでもここまで立て直して、赤々とした林檎を実らせたじゃない」

「見栄えだけですよ。味は……酸味が強過ぎる。うちの林檎がなんと呼ばれていると思います?"裏切りの林檎"です」

アウグストは悲しい目をして、自分の林檎園を見つめる。

「見た目と味が違い過ぎると」

「言わせておけばいいのよ。この林檎は……必ず売れるわ。なにせ帝国一優秀な男が作った林檎なんだから」

そう言ってベルティーナは誇らしげにする。

「……ベルティーナ。ありがとうございます。この林檎……明日必ず売り込んで見せます」

そう意気込んで、アウグストはベルティーナと共に家に帰るのだった。

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翌朝玄関に立つアウグストの元に眠い目を擦りながら、ルチナが近づいてきた。

「……パパ。こんな早くにどこいくの?とおいとこ?」

「近くの街ですよ。新しい契約を取ってきます」

「ふーん……よく、わかんないけど、おしごとがんばってね!」

「はい」

「あなた期待しているからね」

ベルティーナも玄関に来てそう告げる。

「任せて下さい。私は帝国一優秀な男ですよ?」

昨日、ベルティーナに言われた事を返す。

「酸味が強いなら、そこを逆手に取るまでです」

「ふふ、そうね。ちょっと酸味の効いた林檎だって料理で使えば美味しいんだから」

「その通りです」

「きたいしておるぞー」

ルチナがそう言うのにアウグストは 思わず笑った。

「ふふ、必ずやご期待に沿ってみせましょう」

「うむ、よきにはからえ」

「では二人とも……行ってきます」

「いってらっしゃい!」

「いってらっしゃい、あなた!」


2人に見送られ、アウグストは家を出るのだった。


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【CHAPTER2 賽は投げられた】
988Y.C. ジルドラ帝国 ナハトガル村

「すっかり遅くなってしまいました。早く帰らなければ……」

商談を終え帰路に着く頃には日が暮れてしまっていた。

「……え?これはいったいどういう……」

ようやく村が見えてきた、と思ったら火の手が上がり煙が登っている。
1つの家が火事を起こしたという訳ではなさそうで、村全体が燃え盛っていた。


「あれは……!」

村の入り口へ入ると、リュシアンの母親、ヘレナが倒れているのが見えて、アウグストは急いで駆ける。
ヘレナの下の地面には赤い血溜まりが出来ていた。

「アウグスト……さん………」

「ヘレナさん!この傷は……いったいなにが?」

「……獣です。暴れ狂う獣の群れが、突然、村に……」

息絶え絶えにヘレナがそう答える。

「馬鹿な……。この辺りの獣は気性が穏やかで……」

「ああ………リュシアン……リュシアンが………」

「リュシアンくんがどうされたんです?」

「……広場にいた私とルチナちゃんを逃がそうと………一人で獣を引きつけて……!」

「なんですって……!?」

「……早く行ってあげてあの子達の所へ………」

「しかし………」

「私は……もう…無理です……。せめて……子ども達を……先生…おね……が………」

「ヘレナさん……」

段々と弱々しくなっていくヘレナの最期の願いを聞き入れて、アウグストは広場へ向かって走った。

「……獣が村を、なぜそんな……」


広場へ着くと、子供が倒れているのがみえた。

「リュシアンくん!」

「……せん……せい」

血溜まりの上、胸を抑えて横たわるリュシアンが、ぼんやりとした目でアウグストを見た。

「ああ……そんな!しっかりして下さい!」

「せん…せい……ごめん…なさい……」

「なにを……」

「僕、諦めませんでした。譲りませんでした」

リュシアンがゆっくりか細い声で言ったのは昨日の訓練で伝えた事だった。

「けど……守り……切れなかった……!たくさんの獣がルチナさんを追いかけて、林檎園の方へ……」

「な……」

「せんせいごめんなさい………」

リュシアンは謝罪を繰り返す。

「……次は…次があるなら、その……とき……は………」

そう呟いて、リュシアンが動かなくなった。

「リュシアンくん?リュシアンくん!」

呼びかけるが彼が返事をすることはなかった。

「こんな……こんなことがっ……!……ああ。リュシアンくん………。……貴方の努力、無駄にはしません」

アウグストはリュシアンの傍から離れ、自宅の方へ走った。

「ルチナ…どうか無事で……」

赤い三角屋根の、祖父から受け継いだ家も轟轟と炎を上げていた。
その前を通り抜け、林檎園の中へ飛び込んだ。

その目に映ったのは、横たわる獣達と、血溜まりの上に倒れる愛する家族だった。
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