エピソードまとめ
□アウグスト・ヴァレンシュタイン
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ep.2 絶望の種
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家から続く、村の広場へ出るとプラチナブロンドの髪と薄紫色の瞳を持つ、茶色い鞄を背負った男の子が立っていた。
「リュシアンくん。遅くなって申し訳ありません」
そう言いながらアウグストは幼いリュシアンに目線を合わせるように目の前にしゃがんだ。
「本を読んで待っていたので大丈夫です。そういえばこの前先生に、借りた本も面白かったですよ」
「あれをもう読み切ったのですか?かなり分厚く難解な戦記だったはずですが……」
「はい。また他の本をお借りしても?」
「それは構いませんが……本当に貴方は勤勉ですね」
「僕はただ楽しいことをしてるだけです」
「なるほど……。その方がよほど末恐ろしい……」
「え?」
本当にただ楽しんでいるだけのリュシアンには意味は伝わらなかったようで首を傾げている。
「いえ……。それで他の皆さんは?」
広場に集合のはずだが、ここにはリュシアンしか居ない。
「みんななら先に丘の上へ向かいました」
「そうでしたか。では私達も参りましょう」
「はい!」
「そこの門を出て向かいましょう」
アウグストはリュシアンを連れて、広場にある門から村の外に出た。
988Y.C. ジルドラ帝国 ナハトガル山
〔道中会話〕
「リュシアンくんは将来、帝国に仕官したいのですか?」
「いえ。僕にそういうのは向きませんよ」
「そうですかね?」
「はい。僕は……この村でのんびり暮らしたいです。みんなで林檎作って、紅茶飲んで」
「では、なぜ熱心に訓練や勉強を?」
「楽しいからです。先生のこと尊敬してますし」
「そうですか。……婿としては申し分ない…か?いや、しかし………」
「先生?」
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山を少し登り、大岩の横を通り抜け、左側に見える湖の右側にある小さな山に穴を開けたトンネルを抜ければ、子供達の待つ丘はすぐそこだった。
「それでは、戦闘訓練を始めます」
「よろしくお願いします」
「では、どこからでもかかって来て下さい」
そう言ってアウグストは集まった子供達に木刀を持たせ、訓練を始めた。
カンカンと木刀と木刀がぶつかり、ゆっくりとアウグストは後ろに後ずさる。
「……てやっ!」
リュシアンの木刀の先がアウグストの喉元を狙う。
(いい太刀筋です。ただ少々直線的……)
軽々と攻撃を避けながら、アウグストは見定める。
「……からのっ!」
そう言ってリュシアンは飛び上がり、木刀を振り上げた。
しかしアウグストは、振り下ろされたそれをトンと持っていた木刀で受け止める。そうするとパワー負けしたリュシアンの手から木刀が吹っ飛ばされた。
「あっ!」
どしん、とリュシアンはそのまま尻餅を着いたように地に落ちる。
「フェイントをかける戦略は見事ですが、肝心の二撃目に力が乗っていません」
「……参りました」
降参を告げたリュシアンを起こしながらアウグストは彼の目を見た。
「あとそこも問題ですね。貴方は賢過ぎる。負けと見れば、すぐに退くほどに」
「それは、悪いことですか?」
「確かに撤退の判断が早いのは、良いことです。しかし……諦めたことで失われるものも現実には多いですよ」
「う……」
賢いリュシアンは、アウグストの言ったことを理解して言葉を詰まらせた。
「貴方なりに"譲れないもの"を定めなさい」
「……はい。肝に銘じます」
幼い少年はそう言って頷くのだった。
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ひと仕事終えたアウグストは、村の広場へと戻っていた。
「……今日もいい訓練でしたね。皆さん帰られましたし、ケーキを受け取りに行きますか」
妻からの頼まれごとを忘れずに覚えていたアウグストは、村の中にあるお菓子屋さんを目指し歩き始めた。しかし、広場の出口でプラチナブロンドを見つけて足を止めた。
「おや、リュシアンくん?どうしたのですか?」
「実は……先生にご相談が」
「なんでしょう?」
「その……ルチナさん、今日、お誕生日ですよね?僕、プレゼントを用意してるんです」
リュシアンは小さな箱を抱えている。
どうやらこれを娘に渡して欲しいというお願いらしい。
「それはわざわざ、ありがとうございます。でしたら一緒に夕飯をどうですか?娘に直接渡してやって下さい」
「いいんですか?」
「もちろんです。その方が娘も喜びますよ」
そう言えば、リュシアンはぱあっと顔を明るくした。
「だったらお言葉に甘えて!」
「では、一度ご両親に挨拶しましょう。そのあとケーキを受け取りに行きたいのですが、付き合ってもらえますか?」
「もちろんです!」
力強く頷いたリュシアンを連れて、アウグストは歩き出した。
「まずはリュシアンくんのご自宅ですね」
「うちは村の右奥ですよ!」
「ふふっ、わかっていますよ」
そう言いながら村の右奥、お菓子屋の隣にある、雨漏り修理の後が目立つ屋根の普通の民家へ向かうと、息子の帰りを待っていたかのように、リュシアンより少しグレーがかった髪色の女性が家の前に立っていた。
「あら先生、息子がお世話になっております」
女性はアウグストを見るとぺこりと頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。ところでヘレナさん。彼を夕食に招待したいのですが……」
「いいですか、お母さん?」
リュシアンが控えめに聞くと、ヘレナはニコリと笑った。
「もちろん構わないですよ。でも急にどうされました?」
「実は今日、うちの娘の誕生日でして」
「あら、おめでとうございます!そうですか……。ルチナちゃんのねえ………」
少しにやにやとした様子で、ヘレナは自分の息子を見つめた。
「……せ、先生」
リュシアンは少し頬を赤く染め、アウグストの腰に巻いたエプロンを引っ張った。
「早くお菓子屋さんに行きましょうよ」
「そうですね。では、失礼します」
「はい。楽しんで下さいね」
〔村内会話 ヘレナ〕※ナハトガル村のアップルクランブル
「これからも息子のこと、よろしくお願いしますね。将来的なことも含めて末永く……」
「その件は検討に検討を重ねるべき案件かと」
「あははっ、先生も大概ですねえ。あ、良かったらうちで作ったお菓子もルチナちゃんと召し上がって下さい」
「わざわざすみません。ありがとうございます」
〔村内会話 おばあさん〕
「ナハトガル村は昔は林檎の産地じゃったが、今じゃ土地も枯れ、作ってるのはあんたの所だけか……」
「正直、上手くいっているとは言えませんが……」
「いいんじゃよ。他の誰がなんと言おうと、頑張ってるあんたら家族を応援してるよ」
「はい。ありがとうございます」
〔村内会話 おばさん〕
「子どもの頃から穏やな性格だったお前さんが、士官学校へ行くと言った時は驚いたもんだが、嫁を連れて帰って来た時はもっと驚いたねえ」
「ははは、そうですねえ。私もです。でもこんな田舎に嫁いできてくれた彼女には、とても感謝していますよ」
「ああ。ルチナちゃん含め、家族を大切にするんだよ」
「はい、彼女達が幸せな日々を送れるよう頑張ります」