エピソードまとめ

□アウグスト・ヴァレンシュタイン
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ep.2 絶望の種
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998Y.C.
赤いカーペットの敷かれた執務室の中で、黒髪の混じった長い白髪の男性と、色々衣装を着た長いプラチナブロンドの髪の女性が向き合っていた。

「付き添い、ありがとうございました」

「それは構わないが………本当に大丈夫か?」

男性が礼を言えば、女性は心配そうに顔を見上げた。

「クレー大佐を守るべく、獣の群れと交戦したのだろう?」

「……ええ。口惜しいことに守りきれませんでしたが………」

男性がそう答えれば、女性は黙ったまま、じっ、と彼を見つめる。

「アレクサンドラ?」

男性が不思議そうに名を呼べは、女性─アレクサンドラは少し俯きながら口を開いた。

「…アウグスト。大佐の死は本当に………」

「なんです?」

男─アウグストがそう聞き返せば、彼女は口を噤んだ。

「……いや、すまない。今日は、ゆっくり休んでくれ」

そう言ってアレクサンドラは踵を返して、執務室を出ていった。

「はい……。ありがとうございます……」

出ていくアレクサンドラにそう言って、扉が閉められたのを確認し、アウグストは扉に背を向け、デスクへと向かって歩き出す。

「勘の良い女性は怖いですね、ベルティーナ。やはり彼女は、士官学校時代の貴女に少し似ています」

そう言ってアウグストはデスクの前で立ち止まった。

「もしルチナが生きていたら、今頃……」

アウグストはデスクの上に置かれた、赤いリボンに白い花飾りが茶色のボタンで止められた、可愛らしい髪飾りへ手を伸ばした。

「……いえ、よしましょう」

アウグストは伸ばしかけた手を引っ込める。

「まだ気を緩めるべき時では、ありませんね。なぜなら………」

アウグストは思い返すように目を伏せる。

「あの日、始まった私の復讐は、終わってなどいないのですから………」

瞳を開けたアウグストは、再び、髪飾りを真っ直ぐと見つめるのだった。

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【CHAPTER1 誕生日】
988Y.C. ジルドラ帝国 ナハトガル村


「もういいかい?」

肩ほどの長さの黒髪を後ろで結んだ、20代の男が、目を伏せた腕を木に預けながらそう尋ねた。

「まーだだよ」

幼子の声がそう返ってきた。

「……もういいかい?」

「まーだっ!」

林檎の香りのする庭でそんなやり取りが繰り広げられている。

「…ふふふ。もういいかい?」

「もういいよー!」

元気な声が帰ってきて、男は目隠しを取った。

「……さて、私の可愛い娘はどこに隠れたことやら」

優しい笑みを浮かべながら、男は庭を歩き始める。

「ふふふっ」

どこからか女の子の笑い声が聞こえた。

目を伏せていた木の左側にある木の裏を見てみる。

「ここにはいない……と」

今度は右側の木の裏を。

「あれれ?いませんねえ……」

次はその前にある木の裏を覗いてみたが、姿はない。

「おーい、どこですかー?」

そう言いながら歩いて、その左隣の木の裏を見た。

「はい、見つけました」

「はやいよー!だからパパとの、かくれんぼきらい!」

そう言いながら、赤いリボンに白い花飾りをボタンで止めた髪飾りで、顎までの茶髪をサイドテールにした女の子が木の裏から出てきた。

「う……しかし、手を抜いたら、それはそれで怒るでしょう?」

娘からの嫌いという言葉にダメージを受けながらそう返す。

「トーゼンだよっ!そんなのはダメ!」

「やれやれ。その負けず嫌いは母親譲りですかね」

「誰がなんですって?」

横からそんな怒ったような声が聞こえた。
顔を向ければ、栗毛色の髪をサイドで軽く編み込んで、赤い細いリボンで結んだ20代の女性が居た。

「おや、いたんですね、ベルティーナ」

「ママ、どうしてここに?」

「うふふ、ルチナ。お誕生日おめでとう!」

「おめでとうございます」

ベルティーナと共に娘、ルチナへ祝いの言葉を贈る。

「ふえ?あ、ありがとう」

ルチナはポカンとした後、お礼を言った。

「これであなたももう六歳。……つまり、冒険に出る歳です!」

「え、そうなんだ?」

「え、そうなんですか?」

ルチナが驚くのと共に、男も驚いた。

「ノリを合わせなさい!」

「……はあ」

何故か怒られ、男は困惑したまま頷いた。

「……冒険に出るにあたって餞別を用意しました」

「なあにそれ?」

「ぶっちゃけ、誕生日プレゼントです。全部で三つママが林檎園に隠しました」

「なんと!」

「私もびっくりです。普通に渡す手筈では………」

男の言葉を無視して、ベルティーナはルチナに告げる。

「最初のヒントは"赤い三角の下"。さあ、旅立つのです、ルチナ!」

ベルティーナがそう言えば、ルチナは悩み始めた。

「うーんと……。あ、おうちの近くかも」

ルチナがそう言えば、ベルティーナは慌てて顔を逸らした。

「ど、どうでしょう」

「正解でしょうね」

「そこうるさい」

ビシッと、ベルティーナに指を指された。

「いってみる!」

そう言ってルチナが、ててて、と駆けて行った。

「ほら、あなたもルチナを追いかけて。プレゼントが見つからないよう、かく乱して来てよ」

「…いや、プレゼントですしむしろ見つかった方が……」

「ダメよ。これは母と娘の勝負なのよ」

「貴女は本当に負けず嫌いですね、昔から……」

「う、うるさいわねえ。まあ確かに士官学校時代は、あなたに一度も勝てませんでしたよ。いつも涼しい顔で上を行くんですもの。それがもう悔しくて悔しくて。…!思い出したら腹立ってきたわ」

「勘弁して下さい。何年前の話ですか」

「何年経っても悔しいものは悔しいのよ」

「……理解しがたいですね。一つの感情にこだわり続けるなど」

「そうかしら?」

ベルティーナは首を傾げる。

「私に言わせればあなたの方がよほど…………って早くしなきゃ見つかっちゃう!」

「……わかりましたよ、行ってきます」

そう言って、男は歩き始める。

「"赤い三角の下"……。私も自宅の方へ行ってみますか」


すぐ目の前の赤い屋根の家を目指した。
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