エピソードまとめ

□アウグスト・ヴァレンシュタイン
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ep.1チェックメイト
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燃え盛る炎に、樹も土も家も村も全てが焼かれ、血を流し女性と幼い女の子が倒れている。
その風景がぼんやりと滲み、その奥に湧き上がるように見えたのは、醜い腹を突き出したまるまると太った男。

「獣に食われるとは、なんとも惨めな死に様だな」

燃え盛る街を見下ろして男はそう言ってのけた。




【CHAPTER1 宰相就任】


「っ!」

赤い装束に身を包んだ男は、寝ていたデスクの上から、少しばかり黒い毛の残った長い白髪を揺らしながら飛び起きた。
そして、はあはあ、と荒く息をしながら拳を握りしめる。

「焦るな……もうすぐだ……。もうすぐ」

呼吸を整え顔をあげた彼の瞳は、右目の方だけ白目部分が真っ黒になっていて、なんとも不気味であった。

そんな彼の部屋の扉をコンコンコンとノックする音が聞こえた。

「…どちら様でしょう?」

「お前の数少ない友人の一人だよ」

扉の向こうからそう答えたのは、凛とした女性の声。

「ああ、アレクサンドラ。迎えでしたら今、行きますから」

そう言いながら、彼は椅子を後ろに引き立ち上がる。

「外でお待ちを……」
「入るぞ」

そう言って、同じような赤で胸元がガッツリとあいた衣装に身を包んだブロンドヘアーの女性が、許可も出していないのに、つかつかと部屋の中に入ってきた。

「お前、また机で一晩明かしたな?まったく……。今日がどういう日か、わかっているのか?」

「問題ありませんよ」

そう言って男は、女の横を通って行く。

「身だしなみはこの通り整えてありますから」

両手を広げ、着ている真っ赤な衣装を見せる。これに合わせて、長い髪も後ろに綺麗にまとめている。

「いや、そういう問題でなくてな……」

「では、行くとしますか。……我らが皇帝様の元へ」

そう言って2人は、男の執務室を出たのだった。

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997Y.C. ジルドラ帝国 帝城ガルデンブルク

「しかし本当に"こんなところ"まで、上り詰めてしまうとはな」

「おや、平民出の出世は意外でしたか?」

「そういう話では……」

「これもひとえに貴女の力添えのおかげですよ」

「ガラにもないことを……」

2人は並んでガルデンブルク城内を歩いていく。
謁見の間へと扉の前に、軽そうな風貌の髭面の男が立っていた。

「宰相就任、おめでとうございます。アウグスト閣下」

「ありがとうございます、ガスパル。そちらの"潜入任務"も順調そうでなによりです。……貴方の真の忠誠がどこにあるにせよ」

「ははは、やだなあ。俺は帝国一筋ですよお、昔から」

「そういうことにしておきましょうか。今後とも期待していますよ」

「ああ、互いに励むとしましょうぜ。我らが帝国のために」

「ええ。我らが帝国のために」


〔城内会話〕
「まもなく式が始まります!ご参列される方はお急ぎ下さい!………ってアウグスト様ではないですか!?帝国の未来をどうかお願いします!」


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2人は扉を開けて直ぐ目の前にある長い階段を登って、その先の廊下を歩いていく。
そんな中2人の足音別に、コツコツと床を叩くヒールの音が聞こえた。

「アウグストちゃん♪」

艶のある女性の声が聞こえ、ヒールの音と一緒にブーゲンビリアのような色を持つ縦ロール髪の女性が、角から現れた。彼女もまた赤のドレスに身を包んでいる。

「おや、ラプラスじゃないですか」

「……なによ、面白くない反応ね」

そう言いながらラプラスはつかつかと男に寄った。

「すみません。少し急いでいますので」

「あらん。アタシも見させて貰うわよ。アウグストちゃんの晴れ姿」

「そんな大層なものではありませんけどね……」

「なに言ってるのよ。宰相になるんでしょ。もう帝国を手中にしたも同然じゃない」

「いえいえ、そんなわけないじゃないですか」

そう話して居ると後ろから、また足音が聞こえてきた。

「間に合ったか」

「……バスチアン?」

アレクサンドラが、現れた無骨な男の名を呼んだ。彼もまた赤い装束での登場だった。

「鍛錬をしていて忘れるところではあったが、自分も参列させてもらうぞ」

「おまえが催事に出席とは珍しいな」

「ああ。ラプラスが参加しろとうるさくてな」

「だって、パーティーは大勢いた方が楽しいでしょ?それにしても……」

そう言ってラプラスはアウグストの胸に手を置き彼の身体にそっと寄りかかった。

「……これでまた一つ、目的に近付いたわね」

アウグストにだけ聞こえるような小声でラプラスはそう言い、アウグストはそんな彼女を真顔で見下ろした。

「ラプラス……。貴様、何をしている?」

アレクサンドラがそう聞けば、ラプラスは更に頭をアウグストへと擦り寄せた。

「なにって……、ふふ。無粋なこと聞くのね。見てわかるでしょ?大人のお楽しみタイムよ」

そう言ってラプラスは黒い手袋をはめた長い指先で、アウグストの身体を撫ぜる。

「……世間知らずな貴族のお嬢さんには、まだ早かったかしら?」

「ふざけるな……!」

「まあまあ、落ち着いて下さい」

「じゃ、また、あとでね」

そう言ってラプラスはアウグストの身体から離れつかつかと奥の扉の方へ行ってしまう。

「失礼する」

バスチアンもそれに続いて先に行ってしまった。
「"三狼将"揃い踏みですか……」

「帝国にとって重大な式典だからな」

「ラプラスはただの冷やかしでしょう?……なんだか億劫になってきました」

「主役のお前がそんなことでどうする?」

「……主役ですか」

アレクサンドラの言葉を復唱したあと、アウグストは歩き出した。

「私には今日という日も、単なる通過点に過ぎませんよ」

「そうか……。それは心強いな」

そう言ってアレクサンドラは彼の後に続いた。


「まもなくだ。心の準備はいいか?」

アレクサンドラの言葉に頷き、アウグストは謁見の間への扉を開いた。


真っ直ぐ歩いて行くと奥には階段がありその上にある玉座には、肘掛に膝を尽きその手に顎を乗せた初老の男がいた。

アウグストは階段の前で膝を着いた。

「アウグスト・ヴァレンシュタイン、ここに」

「うむ。貴殿が軍部にて、これまで我が帝国にもたらした栄光の数々。我の耳にもしかと
届いておるぞ」

「もったいなきお言葉」

「その辣腕……」

そう言いながら、玉座に座っていた男は立ち上がり階段を降りる。

「次は我の傍で存分に振るってみせるがいい」

「ハッ」

「アウグスト・ヴァレンシュタイン。貴殿を……」

下まで降りてきた、この国の王は、アウグストの肩に杖を乗せた。

「我が帝国の"宰相"へと任命する!」

「ありがたく拝命いたします。これより一層の忠誠と献身を持って陛下に仕えると誓いましょう」

そう言ってアウグストは立ち上がり右手の拳を握り左胸に添えた。

「我らが帝国のために」

「「「我らが帝国のために」」」
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