エピソードまとめ
□マクシム・アセルマン
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ep.2 恋をしたって本当ですか?
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ダンスホールの柱に背を預けてマクシムは少し上をむく。
「あーあ。どうにも上手くいかないな」
「そういう日もありますよ」
そう言って、飲み物の入ったグラスを片手に持って、リュシアンか傍に寄ってきた。
そんな二人の前を、パタパタとイェルシィが駆けてくる。
「は一、喉カラカラ!」
そう言ってイェルシィは、近くのテーブルの上のグラスを手に取った。
「キミは上手くやってるようだね」
「まあね〜♪たまに厄介なのもいますけど……」
顎に指を起きながらイェルシィは、思い返すようにそう言いながら、ん?と何かに気がついて、視線を動かした。
「そうおっしゃらず!一曲くらい良いではないですか」
視線の先に居たのは、1人の婦人に2人の男は達がしつこく言い寄っている所だった。
「お気持ちだけ、頂戴いたします」
そう言って女性は頭を下げる。
「いやいや、オルタンス殿は実に奥ゆかしい!」
男達は、どうやら引く様子がない。
「うげ、サイアク〜。まさに厄介の見本じゃん……」
イェルシィが、げんなりとする横を、マクシムは無言で歩いて行く。
そして、
「お、おいっ、キミやめないか!レディが嫌がっているぞ!」
震える手で指を指しながら、男達へそう言った。
「なんだ?若造が口出しするな!」
振り返った男の1人はそう言って、もう1人はマクシムの顔を見て顔を青くした。
「おい、あいつさっき、アセルマンって名乗ってたぞ」
「げっ、あの………」
もう1人も、マクシムの苗字を知り、苦虫を潰したような顔をした。
「ふんっ、もういい!」
そう言って男達は逃げるようにその場を去っていく。
「やるじゃん、マッキ先輩!」
震える腕を下ろすマクシムの横に、ぴゅーっとイェルシィが駆けてくる。
「怖かっ……いや怖くないっ。は、ははははは!」
マクシムは額の汗を手袋をし手で拭いながらそう言った。
そんな彼の元に、助けた女性が歩み寄る。
「あの……ありがとうございます。これを……」
そっとマクシムへと白いハンカチーフが差し出された。
しかし、マクシムは受け取れないと両手を前に出した。
「レディいけません!ハンカチが汚れてしまいます」
遠慮する彼を見て女性は、やんわりと笑った。
「構いません。おかげで助かりましたもの」
「は、はい……」
彼女の笑顔に負け、マクシムはハンカチを受け取った。
「あの、お名前は?」
「マクシムです。マクシム・アセルマン」
「マクシム様。一曲、お相手願えますかしら?」
女性はスカートの裾を摘んで、優雅にお時期をしてみせた。
それを見て、マクシムは困ったように、視線を動かす。
「あの……僕は………、どうにもダンスが下手でして…………」
そう言って少し俯くマクシムに、女性はもう一度微笑んで見せた。
「ふふふ。下手でも楽しめれば良いのではなくて?」
女性にそこまで言われては、マクシムに断ることは出来なかった。
「わ、わかりました!お相手させていただきます!」
そう言って、女性が伸ばした手をそっと下から支えるように取るのだった。
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「お踊れた……この僕が……」
一曲、ダンスを終えたマクシムは、自分のことなのに呆然とした。
「レディ、あなたのおかげです!」
「私……こんな優雅な時間……生まれて初めて過ごしましたわ」
そう言って女性は微笑んだ。
「それではまたいずれ……」
お辞儀をして立ち去ろうとする彼女を見て、マクシムは慌てた。
「あのレディ!お名前を」
「オルタンス・クロワゼール・ド・ヴェルジーと申します」
「……その名決して忘れません!」
そう言ってマクシムは去っていく、オルタンスの背中を、ほう、と見つめた後、マクシムはフラフラとダンスホールを出ていった。
「今のダンス、いーい感じでしたね〜!」
そう言ってイェルシィがリュシアンを連れて、マクシムの傍に寄ってきた。
「あれ?マッキ先輩?」
「これは……心ここにあらず、といった様子ですねえ」
「坊ちゃま、お気を確かに」
いつの間にか後ろに控えていたフレデリックがそう声を掛ける。
「ハッ!いかん、僕としたことが!ええとだな、い、い、今のっ、人!」
何処か上擦った声でマクシムは話す。
「クロワゼールは大貴族のご家名ですな」
「ああ、道理で!あの優雅な物腰、薔薇園の如き気品……」
マクシムはくるりと向きを変え、フレデリックを見た。
「フレデリック!今、僕の心に花が咲いたぞ!ならば捧げねばならん!その花をあの方に!」
「おおっ!?そのセリフは……」
マクシムの台詞に、イェルシィが反応した。
「『コトロマ』三巻二章五節、風弓の騎士ナルスの独白ですね」
リュシアンも、あの本の読者だったのか、直ぐに言い当てた。
「マッキ先輩ってば、ナルス推しですか。渋い!」
「されど坊ちゃま。オルタンス様は……」
少し言いにくそうにフレデリックがマクシムに声を掛ける。
「止めてくれるなフレデリック。いかな理由があろうともな」
マクシムの言葉に、フレデリックは分かったと言うように口を閉ざした。
「もう一度オルタンス殿に会いに行こう。……この気持ちは誰にも止められないぞ!」
「坊ちゃまが覚悟を持って、ご決断されたこと……。このフレデリック、口出しはいたしません。陰ながら応援しておりますぞ」
「……感謝する」
そう言ってマクシムは、もう一度、ダンスホールの方へ戻るのだった。