エピソードまとめ

□ミシェル・ブーケ
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ep.1 トリアージ
─────────♢────────


「これで良し……と」

椅子の上に座らせた男の子の治療を終える。

「ボロルくん、もう大丈夫だよ」

「おお、ホントだ!もう痛くないや!」

そう言ってボロルはゆらゆらと怪我をしていた足を動かした。

「じゃあ次からは気をつけるんだよ」

「わかった!」

そう言ってボロルはぴょんと椅子から飛び降りて駆け出した。

「……よぉし!戦争ごっこの続きやろうぜー!」

そう言って弟と共に走って行ってしまった。

「あのねぇ……」

「ごめんねえ、ミシェルちゃん。またうちの悪ガキどもが迷惑かけちゃって。でも、さすがは癒しの女神だ」

そう言って、近づいてきたの先程のボロルの母親だった。

「……もう、やめてくださいよ、そうやって持ち上げるの」

「いいじゃないかい。評判なのは事実なんだからさ。今回だってあんたが来るまで大騒ぎだったんだよ?ボロルなんか血まで流しちゃって」

「確かに派手にやっちゃってましたね」

「そうさ、それなのにあんたは話を聞くなり、軽く転んだだけのトゥムルを診察しだしてさ。ちょっと面食らっちゃったよ」

「すみません。彼が転んだ辺りに生えている雑草……。あの葉や汁が傷口に入ると目眩や吐き気を起こすんです。なので、彼を優先して診させてもらいました」

「ははあ……やっぱり凄いわねえ、ミシェルちゃんは」

「そんな、立派なものじゃないんです。私はただ……ずっと1つのことを……心掛けにしているだけ。"正しい判断"ができる人でありたいなたって」





【CHAPTER1 いい子】


998Y.C. アムル天将領 バジン村

「よし……準備できた。今日も患者さんに 正しい処方ができればいいけど……」

小さな村の中にある診療所のカウンターに、セミロングの茶髪で、若草色のワンピースを着た少女が立っていた。

カランコロンと鈴の音と共に診療所の扉が開かれる。

「ミシェルちゃん、おはよう」

杖をついたお婆さんがゆっくりとした足取りで中に入ってきた。

「おはようございます。いつものお薬ですね。すぐにご用意するので待ってて下さい」

「ええ、ありがとうねえ」

「お婆さんの常備薬は左の棚にあったはず……」

そう言って、少女ミシェルはカウンターの後ろにあるいくつもの棚の中から1番左にある棚に向かった。


「うん、これだ」

薬の入った瓶を棚から取り出して、カウンターに戻る。

「はいどうぞ」

「ありがとう。いつも助かるよ」

「いえいえ。お体の具合はいかがですか?」

「相変わらずだねえ。この歳になると仕方ないさ」

「そうですか……」

「でもここに来ると毎日、癒しの女神様に会えるからとっても嬉しいよ」

「そ、そんな……別に私は……。……でもそう言ってくれると私も嬉しいです。いつまでも元気でいて下さいね」

「ふふっ、頑張るよ。こんな素敵なお孫さんがいて、オーリさんが羨ましいねえ」

「……いえ、お爺ちゃんには、いつも怒られてばかりです」

「まあ、あの人は誰にでも厳しい人だからさ。ミシェルちゃんも頑張るんだよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「じゃあまたね」

「はい、また」

お婆さんが出ていってカランコロンと鈴の音がなる。

それからまた少ししてカランコロンと診療所の扉が開いた。


「あ、ドーマさん」

次に入ってきたのは、この間足の怪我を見たボロルの母親だった。

「ミシェルちゃん、この前はありがとね」

「子ども達はあれから体調を崩したりしてませんか?」

「大丈夫、大丈夫。相変わらずの悪ガキっぷりだよ」

「そうですか。それは良かったです。お腹のお子さんも順調そうですね」

「ええ、おかげさまで。ただ最近ちょっと、吐き気がすることが多くなってね」

「それは大変ですねちょっと待ってて下さい」

そう言ってミシェルはカウンターを離れる。

「確かリラックス効果のある薬草が右の棚にあったよね」

うん、これだ。と見つけた薬草を手に取ってミシェルはカウンターに戻った。

「おまたせしました。このハーブなんですけど、お茶に淹れたりするとリラックスできるので、吐き気などが強くなったら使ってみてください」

「すまないね。三人目だけどこればっかりは どうも慣れなくて……」

「いえ。お子さんが産まれるの、私も楽しみにしてますから」

「次はミシェルちゃんみたいな、優しい女の子がいいねえ」

「ボロルくん達も元気でいいじゃないですか」

「あはは、そう言ってくれるとありがたいけど。じゃ、またねえ」

「はい。お気を付けて」

ドーマさんが出ていって立て続けに、カランコロンと音が鳴った。
今度は金髪の青年が入ってきた。

「いらっしゃいナマルさん。今日はどうされましたか?」

「ああ、いや仕事中ちょっと、肘をすりむいちゃってさ。だから傷薬とかその……。ミシェルちゃんに塗ってもらえたりなんか……」

「薬をご所望ですね。少々お待ち下さい」

「あ、いやだから………」

下心丸見えの青年の思いに気づかず、仕事熱心なミシェルはいそいそとカウンターを離れて行き青年はガクリと肩を落とした。

「えーと、すり傷に効く薬は確か……うん、これだ」

1番奥の棚から薬を取り出して、ミシェルはカウンターに戻る。

「はい、こちらになります」

「あ、ああ、うん……」

笑顔で薬を渡してきたミシェルに先程と同じ事は、ナマルには言えなかった。

「ではお大事にナマルさん」

「うう…、相変わらず天使みたいな笑顔とガードの硬さだぜ……!」

はあ……とナマルため息をはいた。

「……しゃーないか。そういや、ミシェルちゃん。最近なんか村の周辺が物騒みたいだから気を付けてな」

「そうなんですか?」

「なんか連邦軍の一団を見たって話だとか。賊ともとも判然としないなにかに襲われかけただとか。妙な噂をよく聞くからよ」

「なるほど…。……わかりました。気を付けますね」

「おう!じゃあなミシェルちゃん!」

「はい。お大事に一」


ナマルが帰ってからミシェルはハッとする。

「あ、もうこんな時間か。お昼の支度しなきゃ」

カウンターから出て、奥の診察室の方へ向かう。

「お爺ちゃん、お昼にする?」

扉を開けて、部屋の奥にいる白衣を着たお爺ちゃんに声をかけた。

「ああ、ミシェル。その前に頼みがあっての」

「なに?」

「どうやら村長がまた腰を痛めたらしくてな。悪いが手が離せないわしに代わって、診療に赴いてやってくれないか?」

お爺ちゃんの前のベッドには寝かされた患者さんが居た。

「え、でも村長さんの腰痛はちょっと難しいからって、これまではずっと、お爺ちゃんが専属で診て……」

「なんだミシェル。お前は"難しい患者"は 診たくないと言うのか?」

「だ、だって……」

「まったく……。簡単な治療の繰り返しとその見てくれだけで、女神だなんだともてはやされて、いい気になっているのではなかろうな?」

「そんな...!」

厳しいお爺ちゃんの言葉に反論しようとしたが、ミシェルは直ぐに口を閉じた。

「……わかりました。村長さんの所行ってくるね」

「ああ。適切な処置をするんだぞ」

言いたいことを飲み込んだミシェルは、お爺ちゃんの言う通りに、診療所を出て村長の所に向かうことにした。
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