エピソードまとめ
□リュシアン・デュフォール
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ep.1 知慧の刃は密やかに
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イーディス騎士学校の食堂のテーブルの前にカップを広げるプラチナブロンドの青年と、盆にティーポットと茶菓子を乗せて持ってきた年配の男性がいた。
「はいよ。たっぷり入れといたぜ。こっちの袋は焼き菓子だ」
「ありがとうございます。お忙しいところ、すみませんね」
「構わねえよ。昼時も過ぎたしな。しっかし、お前さんもマメだね」
「いやあ……性分なもので」
「若いのにできたヤツだ。湯が足りなくなったらまた来な」
そう言って男性は食堂の厨房へと戻っていく。
「はい、助かります」
それを見送って青年は、カップを見下ろした。
「さて……始めますか。お茶良し、お菓子良し」
「うぎゃあ〜!?」
優雅に確認をしていると外からその雰囲気に似つかわしくない悲鳴が聞こえてきた。だが、青年──リュシアン・デュフォールはそれを聞いて口元を緩めた。
「……頃合良し。行くとしますか」
【CHAPTER1 騎士へ続く道】
998Y.C.森国シルヴェーア イーディス騎士学校
「先ほどの声は……。中庭の方から聞こえましたね」
リュシアンは、盆の上にカップとお茶と茶菓子を乗せて歩き出した。
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〔食堂のおばちゃん〕
「おや、あんたまたお茶の準備かい?やれやれ、ブレイズ筆頭がそれでいいの?面倒はヴァネッサちゃんに任せてんでしょ」
「あはは、そうですねえ。ヴァネッサさんには、お世話になりっぱなしです」
「ま、あの子も好きでやってんだろうけど。たまにはお菓子なんかで労ってやりな。ほら、あたしのとっておきのレシピだよ」
「それはいいですね今度作ってみますよ」
〔食堂奥の聖堂にいる女子生徒〕
「リュシアン先輩、こんにちは。いつ見てもすごいですよね、アグライア様」
「そうですねえ。特にこの場所からみる姿は圧巻の一言です」
「わかります!落ち込んだ時とかにここに来ると、なんだか励まされているような気持ちになるんです」
「……ええ。私もなんだか元気が湧いてきました」
「それはよかったです!今日も任務ですか?頑張って下さいね!」
〔学園ロビーに居る男子生徒〕
「あのー、リュシアンさん」
「はい、なんでしょう?」
「それなんですか?」
「ああ。お茶です。中庭で皆さんに振る舞おうと思いまして」
「ははあ、そうですか……。そういえばさっきから、すごい声が聞こえてきますね」
「あはは、頑張っている証拠ですよ」
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お茶と茶菓子を抱え校舎を出る
「あれは……」
リュシアンが見た先には園庭で武器を構えた黒髪にメガネを掛けた女性と彼女の前で、両膝を着く赤毛の長髪の男子生徒と、褐色の肌に金の髪を持つ男子生徒がいた。
「うううっ……。強すぎんだろ……!」
「これが、"ブレイズ"の力……」
「どうした。もう限界か?」
女生徒の言葉に赤毛の男子が顔を上げる。
「いえ……!俺はまだやれますよ!」
「その割には悲鳴をあげていたが」
「ぐっ、あれは……。自分への気合い入れです!」
「それ、さすがに無理があると思うよ……」
「無理でもっ……!やらなきゃなあ……!」
そう言って赤毛の生徒が立ち上がり刀を構えた。
「やれやれ、無茶してくれるよ……」
そう言いながら金髪の生徒も立ち上がり長剣を構えた。
「ふむ。ならば私もブレイズの先輩として……存分に叩きのめそう」
女生徒も双剣をしっかりと構え直した。
それを見て、リュシアンは盆を学園と園庭を繋ぐ階段に置き、パンパンと両手を叩いた。
「はい、そこまで。そろそろお茶の頃合ですよ」
「ま……まだまだ……っ!」
声が聞こえなかったのか、赤毛の生徒はフラフラの身体で女生徒の方へ向かおうとしていたが、女生徒の方には声が聞こえていたのか、彼女はすっ、と武器を収めた。
「リュシアン……もうそんな時間でしたか。レオ、ユーゴ、休憩だ」
「きゅう……」
「けい……?」
戦おうとしていた赤毛の生徒──レオと、金髪の生徒──ユーゴは気の抜けた様な声をだした。
「し、死ぬかと思った……!」
「ヴァネッサさんの訓練はハードですからねえ。まずはお茶をどうぞ」
そう言って持ってきたお茶を、3人に配る
「ありがとうございます。リュシアン先輩!」
「おかげで生き返りました……!」
レオとユーゴの礼を聞きながらリュシアンは、先程食堂の料理長から貰った焼き菓子を手に取った。
「お菓子も用意しました。ゆっくり休んで下さい」
「か、菓子?無理っすよ……。今は、食えませんって……」
「それでも食べるんです。食は戦う者の務めですから。ねえ、ヴァネッサさん?」
そう、メガネの女生徒──ヴァネッサに聞く。
「はい。どんなに精強な軍も補給を欠いては戦えません。食べる者だけが戦え、戦う者だけが生き残るか」
「……わかりました。レオ・フルカード、食べます!」
3人ともお茶と共にお菓子を食べるのを見て、リュシアンは満足気に笑う。
「お口に合いましたか?ヴァネッサさん」
「ええ、リュシアン。……やっぱり好きです」
「"好き"ですか。嬉しい言葉ですねえ」
「……今のは"この味が"という意味です。絶妙な塩気と甘みが、疲れた体に染み入るようで、それで好きと……」
「はい、わかっています。どうぞたくさん食べて下さいね」
「リュシアン様、ご歓談のところ失礼いたします」
後ろから、立派な髭を蓄えた燕尾服の老人に声をかけられた。
「ああ、フレデリックさん。どうしましたか?」
「マクシム様のご用意が整いました」
「もうそんな時間ですか。わかりました」
頷いてリュシアンは、3人の方へ向き直った。
「それでは皆さん、私はこの辺で失礼させていただきます。強い騎士になるためにも、訓練頑張って下さい。ヴァネッサさん、彼らをよろしくお願いしますね」
「心得ました」
「さて、マクシムさんの所へ向かいましょう。確か訓練場で待つと、おっしゃってましたね……」
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〔寮の道に居る女生徒〕
「あ、リュシアン先輩!今日も散歩ですか?」
「あはは……散歩ですかそれはいいですねえ」
「ふふっ、先輩を見てるとブレイズって、暇なのかなって勘違いしそうですよ」
「いえいえ、そうでもありませんよ。平和が来て暇になるなら、それが一番ですけどね」
〔石碑の前に居る同級生〕
「はあ……聞いてよ、デュフォールくん。先生に書類整理を頼まれたんだけど、いつのまにか選抜試験の審判までやらされて、もうヘトヘトよ……」
「あはは……大変でしたねえ。けれどそれはあなたが頼れる人物という証ですよ。同学年の私達はもとより、先生方からも、あなたの能力は高く評価されていますからね」
「もう、そうやってすぐおだてるんだから」