ダイヤモンドリリー / Levi Dream

□diamond lily * 3
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私が調査兵団に来て、丁度1ヶ月がたった。


「いやぁ、今日も強烈だね、ルイ!キラキラ輝いてるよ!」
「……っ、ハンジ、ぶつかる!」
「え?わあああ、ごめん!」


立体機動で木製模型を削いでいると目の前にハンジが現れる。糸が絡まないよう、アンカーを瞬時に抜いて違う木に刺した。間一髪でハンジとの衝突を避ける事が出来たが、それを見ていたリヴァイはこめかみに青筋を浮かばせてハンジを空中から叩き落としていた。……まぁ、これも見慣れた光景だ。あれから私はリヴァイから渡された訓練メニューを毎日飽きる事無くこなした。リヴァイが技を見せてくれた日から必死こいて、訓練に励んだ。リヴァイの指導は噂通り厳しかった、血を流してもお構い無し、気絶しても叩き起される、血反吐を吐いたって見て見ぬ振り、何度言っても出来ない科目は徹夜で叩き込まれ、訓練中に居眠りすることもしばしば。

地獄のような時間だったけれど、それでも私を突き動かしていたのはリヴァイの強さだったのかもしれない。リヴァイに並ぶ強い兵士になり、人類の希望であるリヴァイを守る。それが巨人を絶滅させる為の第一歩となる。だけど一つ、私はどれだけ訓練しても筋肉だけはつかなかった。幸い、立体機動は普段使わない筋肉を酷使している為、別のトレーニング方法で何とか乗り越えたが、腕やお腹の筋肉はない。つまり、巨人の項を削ぐ深さが他の兵士に比べてかなり浅いのだ。これだけは何度やっても出来なかった、ここまで筋肉は付きにくいものなんだろうか、とリヴァイに相談した所、個々の体質だから気にするな、と言われた。

10秒で凡そ7体の木製模型の項を削ぐ事を目標とした訓練は見事に達成した。リヴァイに報告しにいこうと下に視線を向けるとそこにはリヴァイとリヴァイに蹴られ叩き落とされて顔中が痣だらけのハンジ、そしてエルヴィンがいた。


「リヴァイ、内容は達成したけど…見てた?」
「ああ。」


リヴァイに聞けばリヴァイは私に視線を移し頷いた。


「いやぁ、凄いねールイ!見違えたよ!別人のように強くなっちゃってさ!エルヴィンも吃驚したでしょっ?!」


痛々しいハンジ、だが当の本人は全くもって気にしていない様子でにへら、と笑っている。エルヴィンは本当に驚いているのか、目を見開いてゆらゆらと使い物にならなくなった巨人模型をぼんやりと眺めていた。


「……うむ、まさかここまで成長するとは思わなかった、確かに一ヶ月前とは比べ物にならないな。」
「あのリヴァイが目を掛けて育てたからね!当たり前さ!もうリヴァイの横に並んでもなんの違和感もないよ!ダブル最強コンビ!現る!みたいな!?ハハハハハッ!」


ハンジが腰に手を置き、ワハハッと大きな声を出して笑う。


「ハンジは今日も元気ね。」


滲んだ汗をタオルで拭いながら苦笑いを零す。


「奇行種だから疲れねぇんだろ。」
「それは言えてるわ、リヴァイ。」


この一ヶ月間、ハンジの奇行っぷりは見事だった、悪い意味で。巨人の事になると周りが見えなくなってしまい、部下達を巻き込みながら深夜まで実験、なんなら夜なのに壁の外に行きたいと駄々を捏ねる始末。ハンジが暇潰しで作っている薬が配られた時は本当に死を覚悟したっけ。「これを飲んだら今よりももっと強くなれるよ!」なんていう適当な口車に乗せられた純粋なエレンはハンジが調合した薬を飲んでお腹を壊したらしい。勿論、私は飲まなかった。リヴァイはすぐ様窓から放り投げて捨てていた。そして一番酷いのは、


「……ハンジ、最近いつお風呂に入った?」


思わずハンジを睨んで聞いた、するとエルヴィンとリヴァイはハンジから一気に距離を取る。潔癖症なリヴァイにとって不潔の塊の様なハンジは精神的に受け付けないのだろう、眉間に皺を寄せ、尖った刃物の様な眼光でハンジを睨んでいた。


「うーん、いつだったかなぁ、最近忙しかったし…一週間くらい前かなぁ、って私臭う?」
「……不潔、汚物、最低ね。」
「えええ、ひどーい!なに!?リヴァイの指導って性格まで似ちゃうの!?なんかルイとリヴァイ、性格が似てきてるんだけど、ちょーやだ!まじでやだ!あ、でもルイの綺麗な顔で罵倒…結構ありな気もしてきたかも。グフフッ…。」


「私を虐めて!」と変なスイッチが入ったハンジが私の腕に絡みつく、ふわん、と臭うハンジの異臭に思わず鼻を覆った。本当に一週間も風呂に入ってないんだわ…、有り得ない。


「…おい、エルヴィン、いい加減この糞汚ねえ眼鏡を溝にでも捨ててこい。わざわざこんな害虫を飼う必要は無い。」
「そうよ、エルヴィン、ちょっとハンジは異常よ。本当に臭い。」
「……私に言われても。捨ててこいって…私もあまりハンジには触れたくは無いなぁ…。はは……。」
「ひっどー!!失礼だな、うちの男衆は!でも、……風呂には入らないよーん、面倒臭いし!まぁ今に始まったことじゃないし気にしない気にしない!」


エルヴィンやリヴァイ、私の憐れむような視線を受けても尚、この開き直り具合。メンタルが鋼なのか、それとも単なる不潔…なのか。答えは後者だろう。否、両方か。ある意味尊敬するわ、ハンジ。というわけでハンジの奇行っぷりは兵団の皆が世話を焼いている。まぁ、賑やかだしハンジは好きだけれど。


「おい、エルヴィン、次の壁外調査の日程は。」


その時、唐突にリヴァイがエルヴィンに目を飛ばす。


「…ああ、その事なんだが、二週間後に決定した。今回はウォールマリア内で新たに補給地点の確保を目的とする。」
「また補給地点を設けるのか。何故だ、もう十分犠牲を払って補給地点を確保したはずだが。」
「うむ、お前の言う通りだ、だが巨人はいつだって我々の想像を遥かに超えてしまう。『保険』は幾らでもあった方がいいだろうと思ってな…。」
「保険だと?お前の戯言のせいで今回は何人の犠牲を払うつもりだ?」


リヴァイは人一倍部下思いだ、優しすぎる。凄まじい殺気を肌で感じる、だがエルヴィンはそれすらも応じず平然とした様子で答えた。


「…半分以下には収めるつもりでいる。何れは巨人の出現地だと言われている南方に向かうつもりだ。」


半分以下、じゃあ少なくとも犠牲者は出てしまうんだ。半分以下といっても決して少ない数字ではない、だからこそ胸がちくりと痛んだ。それでもこれが私の選んだ道だから。


「壁外調査に行けるの!?つまり、巨人に会えるんだよね!うわああ楽しみいいい!奇行種に会いたいなあああ!今回はどんな奇行種に遭遇出来るかなあっ?って、そんなことより南方に行くの、エルヴィン!?うわあああ楽しみだなあ、南方には何があるんだろう!くううう、滾るなぁ、滾っちゃうなぁ。」


そんな私達の険悪な空気を見事にぶっ壊したハンジ。


「……チッ、煩ぇな。エルヴィン、また書類を確認する。」
「ああ、後で持っていくよ。」


実際の所、壁外調査は具体的に何を目的としているのか、あまり理解出来ていない。巨人を絶滅させる事、だけど絶滅させるには巨人が出現している場所を特定しなければならない。南方というのは分かっているらしいけど、果たして、私達に待ち受けているのは希望か、────絶望か。


「ルイにとっては初めての壁外調査となるな、君の活躍を心から期待しているよ。是非、リヴァイの元で得た力を活かしてほしい。」
「ええ、分かってるわ、エルヴィン。私の役目はこの兵団を守る事…、理解しているつもりよ。」
「……だが無茶をしてはいけないよ、今回の壁外調査は自分の持つ力の限界を知る良い機会だ、心しといてくれ、ルイ。」
「了解、エルヴィン。」


私の役目はこの兵団を、リヴァイを護る事。誰一人、死なせたくはない。だけどそれは無理な話。壁外調査は常に絶望と隣り合わせなのだから。私は目の前の人を死なせない努力をしよう、それだけでも助かる命があるのなら、やる価値は大いにある。優しく笑ったエルヴィンの背中を見詰めながらぼんやりとそんな事を考えていた。ハンジはといえば壁外調査の日程が決まって嬉しくて仕方がないのかさっきから一人でブツブツと言葉を発している。こういうハンジには関わらない方が身の為だ。立体機動を取り外して、結んでいた髪を解いた。するとさっきから黙っていたリヴァイが、私を見下ろす。


「初めての壁外調査は生還して始めて一人前になる、兵団を守ろうとする心構えは結構な事だが、無理はするな。」
「あら、私を心配してくれてるの?」
「馬鹿言え、心配するも何もお前は俺の班だろうが。何か起これば必然的に俺が班員を守る事になる、お前に守られるほど落ちぶれちゃいねぇから安心しろ。」
「ふふ、リヴァイって本当優しいわよね、素直になったら?」
「……生まれてこの方、俺は素直だけが取り柄だ。」
「どの口が言ってるの。」
「チッ、可愛げのねぇ女だな、お前の方こそもう少し素直になったらどうだ。…だが、まぁいい、巨人と対面して小便漏らすなよ。」
「女の子に対してそれ言う?」
「ああ、そういやお前は女だったな。」
「……削いでやる。」
「ほぅ…どこからでも来い。」


余裕な表情のリヴァイ。そりゃそうだ、リヴァイは私の育て親のような存在であり、師匠でもある。いくら一ヶ月前とは比べ物にならないほど強くなったとはいえ、リヴァイには到底かないっこないだろう、それくらい私が一番よくわかってる。


「…ムカつく。」


それでもムカつくものはムカつく。


「あ?知らねぇよ。」
「……チビのくせに。」
「あぁ"?糞チビのお前に言われたくねぇな」
「……。」


やっぱりムカつく、なのに、──死んで欲しくないと思うのだから不思議だ。


「ね、リヴァイ。」


私は兵舎に向かって歩いているリヴァイの隣に並んで既に呼び慣れている名前を呼んだ。リヴァイはこちらに視線を落とすだけで返事はしないけれど、話を聞く気はあるみたいで。


「絶対に死なないで。」
「……てめぇはそればかりだな、いいか、頭の悪ぃお前にひとつ教えてやる。俺は死なねぇ、絶対に。」


「俺の心配より自分の身の心配をしやがれ、糞生意気女。」と付け足したリヴァイにムカつくはずなのに頬が上がる。そうだ、この人は人類最強、簡単に死ぬはずがない。その証拠に幾度となく死戦を潜り抜けてきたではないか。


「…仕方ないから、もし貴方が死にかけたら助けてあげる。」
「馬鹿が、調子に乗るな、下っ端が。」


がしっと頭を掴まれ振り回される、と思ったがリヴァイの手は程よい温もりを私に与えつつ、私の頭を不慣れな手付きで撫でる。いつも険しいその顔は、どこか機嫌が良かった様な気がした。





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