ダイヤモンドリリー / Levi Dream

□diamond lily * 2
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なんだ、どういう事だ。
先程まで順調に飛び回っていたルイ。そのスピードはとても凄まじく、初めてだとは思えない程だった。俺ですら着いていくのがやっとで。訓練場で自分の持つ力の全てを出し切りフルスピードで誰かを追ったのは初めてかもしれない。白銀の髪から見えたルイの表情はとても美しく、凛々しくて、───儚かった。楽しそうに口角を上げて空を飛んでいると言うのに、伏せられた瞳からは悲しさの色が色濃く宿されていた。

いつかエレンが言っていたように巨大な塩水の色と激似したルイの双眸からは今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうで、胸が締め付けられた。鳥の如く自由に飛び回っていたルイだったが突然木の枝に降り立ち、ぼんやりと空を見上げて、何かを呟いた後、そのまま地面に向かって落下して行くのをみて舌打ちをした。ガスを噴射させ、瞬きを忘れ、間一髪の所でルイを腕に抱く。…なんなんだ、こいつは。と顔を顰める。

幸いといったところか、ルイに外傷は見当たらず、俺はルイを抱いたまま医務室へと足を運んだ。他の奴らはこの騒ぎに気づいてはいない、状況を説明するにも不確定要素が多すぎて説明の仕様がないから丁度いい。後でエルヴィンにだけ報告すればいいだろう、と医務室の扉を開けてルイを寝かせる。すやすやと気持ちよさそうに眠っているルイからは先程の憂いを帯びた表情は感じられなかった。

長すぎる睫毛がルイの頬に影を作り、綺麗な髪がベッドから垂れ流れる。規則正しい呼吸音を響かせ眠っているルイに俺はある違和感を覚えた。気を失う寸前、こいつは何かを呟いていた。何を呟いていたかは聞き取れなかったが、確かに何か言っていた。それに立体起動の扱い方、あれはまるで空中を飛び回る行為に慣れている様子だった。ガスも最小限に抑えられているし、エルヴィンが言ったように確かにこいつの潜在能力は計り知れないのかもしれない。育て甲斐は、ある、十分に。

こいつが俺の右腕なんざ不本意の他ねぇが、実戦を重ねていくうちにこいつは調査兵団組織にとって必要不可欠な存在に上り詰めるだろう。いいや、今はそんな事どうでもいい。それよりもこいつに関しては謎だらけだ。記憶喪失ではない記憶喪失。記憶が混乱しているのか、それとも記憶が所々欠けているのか、よくわからねぇが、…放っておいていい問題でないことは確かだ。

本人が思い出せないと言うのなら無理矢理にでも思い出させればいい。出来ねぇと言われようが、思い出させるしかない。じゃないと何れ壁外に支障をもたらす。壁外調査では一つのミスが何人もの命を殺す。判断を誤ってはいけない、だが時に冷静で冷酷な判断をも強いられる事もある。…なら、支障をもたらす前に手遅れになる前に、問題は解決しておいた方が良いだろう。

それがこいつにとって酷な事であったとしても、だ。
真っ白なシーツをかけ、取り敢えず額に濡れたタオルを置いた。原因がわからない今、どう対処すべきかも不明だから。全く世話の焼ける女だ。だが俺がこいつの指導を任されたからには徹底的にしなければならない。エルヴィンの決定に従う、それが俺の仕事であり、使命だから。

その時だった。


「……うぅ……。」


苦しそうな呻き声がルイから聞こえて俺は腰を上げた。ルイの顔を覗き込めばルイは何やら魘うなされているのか眉間に皺を寄せ、奥歯を噛み締めていた。相当嫌な夢でも見ているのか。


「ルイ、起きろ。」
「……ッ、私は……!…うぅッ…!!」


ルイを起こそうと、肩を揺すればさらにルイはもがき苦しみながら言葉を発した。薬品の臭いが鼻を刺激する、吐き出された吐息が白く濁りながら天井に消えた。瞼を固く瞑り、眠っているはずなのに耳を塞ぐルイの行動が、何もかもを、全てを───拒絶しているようにも見えた。






……私の目の前に広がる、地獄絵図。辺りを見渡せばそこは血だらけで、血溜まりの中心には死体が転がっていた。数え切れない死体の数に息が荒くなる、そして体が硬直した。唇が勝手に震えて歯と歯が音を奏で出すくらいには、動揺していた。目を開けたまま事切れている死体と目が合う、なのにその瞳には何も映ってはおらず、瞬きもしない。乾きに乾いた目玉は今にも零れ落ちてしまいそうだ、震える足を無理やり動かしてその死体の瞼に触れる。

体温を失った冷たい体は徐々に私の体温をも奪ってゆく。なんて────残酷な世界なんだろう。どうして、罪のない人が死ななければならないのか。命をなんだと思っているのか。冷たくなった死体はゆっくりと血溜まりの中へと消えていく。悲痛な顔をしたまま事切れた人達はどれだけ無念なんだろうか、どれ程に、悔しいだろうか。辺りを見渡せばまだ成人していない子供もいた、……赤子も。これから沢山の未来を知るはずだった罪なき子達。沢山の思い出を作り、沢山の事を知り、誰かに恋し、誰かを愛し、また子を授かり、そんな素敵な未来をどうしてこうもあっさり奪ってしまうのか。

嗚呼、そうだ、─────『座標』だ。

『座標』を取り戻さないといけないんだ。全てを操り、記憶を改竄できる『座標』を取り返し、本来あるべき場所(ところ)に戻さなければ。『座標』を手にしていいのは純白の個体のみ。

貴方が持っていいものではない。


《─────お前は、何者だ、何故私の邪魔をする?》


頭の中に木霊するこの声は、きっと『彼奴』のもの。この地獄を生み出した憎い巨人の、声。体を毛で覆い、楽しそうにして人間を殺していくその姿は、異常。イカれている。どうして、こんな奴が『座標』を手にしてしまったのか。


《─────どんな手を使ってでも貴方から『座標』を取り返してみせるわ。》
《─────お前に何が出来るんだ。お前、自分の立場を理解していないのか?何故、此処に現れたのかは知らんがお前は____なのだから、それは不可能に近い。》
《それはどうだろう、____だからこそ不可能じゃないんじゃないかしら。私達は "未知なる生" だから。》


その途端、辺りが光に包まれた。視界から消えてゆく毛で覆われた巨人はこちらをじっと見つめたままピクリとも動かない、こんな地獄絵図、もう二度と見たくない。だからこそ、今私がやるべき事、それは─────


「……ルイ!」
「……ッ!!!」


軽くなった瞼を開ければそこにはリヴァイのドアップ。無意識に息を止めていたのか、はぁ、はぁと肩で息を繰り返していくうちに冷静になっていく頭の中。リヴァイの怪訝そうな顔が視界に入り、ふ、と鼻で笑ってみる。


「寝込みを襲うつもりだったの?リヴァイ。」
「…てめぇのその糞みてぇな口を縫い付けてやろうか。」
「……冗談よ、ごめんなさい。」
「笑えねぇ冗談を言うな。」


呆れたようにして私から離れたリヴァイ。そんなリヴァイに気づかれない様に小さく息を吐いた。…何だか途轍もない悪夢を見ていた気がする、だけど…内容はなんだったっけ。


「随分と魘されていたが、嫌な夢でも見たのか。」
「ええ、そうみたいね、だけど思い出せない…。」
「……お前の脳みそん中はどうなってるんだ。糞でも詰まってるんじゃねぇのか。」
「はぁ、私だって思い出したいわよ、重要な気がするから。なのに、どうしても思い出せない。」
「チッ、世話の掛かる女だなてめぇは。」


リヴァイの毒舌も返す気にならないくらい、頭が重かった。片手で顔を覆う。頭が熱い、思い出そうとすればするほど記憶が遠ざかっていくような錯覚に陥りそうになった。すると、リヴァイが椅子にドカッ、と座り腕を組み私を睨んだ。三白眼の双眸が鋭く細められる。


「てめぇのその原因不明の意識障害は厄介だ、壁外となると直ぐに死ぬ。」
「……そうね。」


現に私は立体機動訓練をしている最中、なんの前触れもなく意識を飛ばしてしまった。もしこれが壁外調査だったらと思うとさっきまで熱かった体が冷えていくような感じがした。


「てめぇのせいで誰かを殺したくねぇなら、命令だ。早急にどうにかしろ。」
「……。」


どうにかしろって……どうにかできる問題ならこんなに悩んでないっての。


「なんだ、その目つきは。」
「…リヴァイの気の所為じゃない?」
「削がれてぇか?」
「一応病人だからやめて。」
「ハッ…、ただ意識飛ばしただけだろうが。」
「そうだけど…。でも、有難う。」
「……」
「私が意識飛ばしてる間、ずっと此処に居てくれたんでしょ?…リヴァイってのが気に食わないけど、起きて直ぐに誰かがいるってとても安心するから、だから、有難う。」
「ったく、てめぇは素直なのか素直じゃねぇのかよく分からねぇな。」


そう言いながらも私の頭に手を置くリヴァイ。素直なのか素直じゃないのか分からないのはリヴァイも同じだ。リヴァイも素直じゃない、否、それを言うなら私もだけど。


「リヴァイなら信頼出来そう、多分。」
「さっきまで散々魘されてやがったくせに偉そうに言うな、糞生意気女が。」
「私が糞生意気女ならリヴァイは糞暴力男ね。」
「……てめぇは一生喋るな、うぜぇ。」
「それは無理な頼み事だわ、ごめんなさい。」


チッ、と落とされた舌打ち。眉間に皺を寄せているリヴァイなのにいつもよりか少し機嫌が良いように見えたのは私の気の所為……じゃないって事にしておこう。その時だった。静かだった医務室の扉が乱暴に開け放たれたと思った時、目を見張るよりもそれは素早く、


「ぅぐっ……!」


私に抱き着く何かに色気のない声を上げた。



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