三流悲劇に喝采を!【灰羽リエーフ】
□憎しみとランデヴー
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「見てましたか」
「うん。すごい」
(孤爪とは反対側の)隣で汗を拭く姿が先週とまったく同じだった。それなのに記憶はからっぽだなんていったい何の冗談なのだろう。ほんの隣にいる筈なのに、まるで何エーカーも離れているみたい。知らないひとの隣にいるみたい。私は笑う。無邪気なあのこの為に。
そうでしょう。褒められたときに否定や謙遜をしないのはリエーフの性質。まだどうすればいいのか戸惑ってにこにことするのが精いっぱい。向かい側からゲームの音が聞こえる。でもちょっと疲れました。話題は尽きないのか、汗を拭き終わるとすぐにまた話し始めた。
「俺、皆さんとバレーするの好きです」
「そうなの?」
「そうです!」
あとなんか先輩の側に居ると落ち着く。どうしてこうもぽんぽん言葉が吐けてしまうのだろうこのこは。あんまり言われるとなんだか疑りぶかくなってしまうのに。それでも嘘に聞こえないのは、記憶を失う前のリエーフが嘘でないことを私に教えてくれているから。
彼の言葉が嘘であったことはない。勿論そのおかげで夜久さんに怒られたり多くのトラブルを生んだこともあったけれど、私はリエーフのそういうところが好きだ。だからこそ今がへんにもどかしいのだろうな。彼はわらう。しかし、やがて何かに気がついたのか不思議そうな声をあげる。
「香水かなんかつけてます?」
良い匂いがする。若干前屈みになったかと思うとこちらに近づいて、すん、と至近距離で首もとの匂いを嗅ぐリエーフ。息づかいが首に当たり驚いて思わず小さな悲鳴を上げた。夜久さんが距離感を考えろと彼に軽く叱りつけていたが、孤爪は訝しげにこちらを見つめるばかり。やがて心臓の微弱な加速が収まっていく。
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