覚醒

□湖面に映る三日月
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 ひなこが"彼女"を見つけたのは春の光に溢れる業後のことだった。華奢な腕でドリンクボトルを運び何度も往復するその姿は、まさしく女神のように可憐で、反面強くひたむきな人間であることがすぐに分かった。同時に、彼女ひとりに任せるには多すぎるような量がまだ残っていることまでも。

ひなこはある程度において善良だったが、手助けするためとは言え見知らぬひとへ声をかけられるほど勇敢ではなかった。彼女には助けが必要だろう。なんと声をかければよいのだろう。断られたらどうしよう。そんな考えが脳を巡った。


「……すみません。良ければ、お手伝いさせてもらえませんか」
「……貴方は?」
「えと、通りすがりの者です!」


 それでも見てみぬフリをすることは一番の悪手であると思ったひなこはついに声をかけることにする。相当に美しいことが声のかけづらさに拍車をかけたせいか一歩一歩近づくのはなんだかブリキの靴をはいたような心持ちでだった。

咄嗟に動揺して語気が強まったが先方はみずみずしい睫毛を瞬かせると柔らかに笑ってみせた。キレイだと感じながらも、ひなこはそこでやっと彼女が普通の人間であることが実感できた。一度話しかけてしまえばいつの間にか恐れや臆病は消えている。


「私清水潔子。男子バレー部のマネージャー。……声かけてくれてありがとう。ホントはちょっと大変だったんだ」


 二人でやってやっと丁度いいほどの仕事量にひなこは少しだけ息切れがして日頃の運動不足を恨んだ。彼女が蛍の所属部活のマネージャーであることに気が向きつつ作業を続けたところで、見知らぬ上級生がこちらにかけ足でやってくるのが見える。


「清水ゴメン大丈夫だった?!」
「菅原……来るのが遅い」


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